『「情報社会」が「社会」になった時代』

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2015年社会情報学会学会大会のワークショップ「『情報社会論』の変遷と再編――統治の再設計に向けて」の資料だそうな。

日本の情報社会論とその欲望

この中で『「情報社会」が「社会」になった時代』という言葉が印象的だった。

スライドでも紹介されている佐藤俊樹さんの『社会は情報化の夢を見る ― [新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望』は技術決定論に基づく安易な未来予測を「情報化」社会論だとして批判する。 この本の初版『ノイマンの夢・近代の欲望―情報化社会を解体する』は1996年に発行されたものだが,2010年に新世紀版を出すにあたって時事的な話題以外はほとんど手を入れる必要がなかったという。

随分前に「“The Shadow Web”」で紹介したが,もともとインターネットというのは障害や(国家などによる)検閲に強いシステムとして開発されてきた。 「インターネットは検閲をダメージであると解釈し,それを回避する」(John Gilmore)のである。

しかし現状のインターネットはこのようには機能していないし,このような機能こそを(セキュリティの名のもとに)回避しようとする動きがある。 さらに言えば「クラウド化」と「IoT(Internet of Things)」によって,私たちは(利便性と引き換えに)私たちのプライバシーを人質に取られている。 インターネットはとっくに「テレビ」と化しているし,ある意味で「テレビ」より悪質である(だからといって今更自宅にテレビを置く気はないが)。

確かに新しい技術の存在は社会の仕組みを変える可能性があるし,現に近代(前期近代)から大きく変容した現代(後期近代 late modernity)においてインターネットをはじめとする科学技術は無視できない存在である。 しかしそれは本当に「インターネットをはじめとする科学技術」によってもたらされたものだろうか。 私たちは私たちがこれまでやってきたことをモノに転嫁しているだけではないのか。 技術が社会を変えるのなら社会に必要なのはヒトではなくモノである,と言えないか。

20年後:インターネットの自由という夢の死」では現在のインターネットの状況を変えるためには「中央集権化、規制、そしてグローバリゼーションという3つのトレンドの逆をいく」必要があると述べている。 でも,それって結局「近代の欲望」のバリエーションにすぎないし,「人こそが社会を変える」と言っているのではないのか。

「技術が社会を変える」のではないなら,むしろ「大統領選挙に出馬するレッシグ教授」こそが次の一手なのかもしれない。

参考

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社会は情報化の夢を見る (河出文庫)
佐藤俊樹
河出書房新社 2010-09-03 (Release 2016-07-29)
eBooks Kindle版
ASIN: B01J1I8PRQ
評価     

1996年に出版された『ノイマンの夢・近代の欲望―情報化社会を解体する』の改訂新装版。しかし内容はこれまでと変わりなく,繰り返し語られる技術決定論を前提とする安易な未来予測を「情報化」社会論だとして批判する。

reviewed by Spiegel on 2018-12-31 (powered by amazon-item v0.2.0)

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排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異
ジョック ヤング
Jock Young (原著), 青木 秀男 (翻訳), 伊藤 泰郎 (翻訳), 岸 政彦 (翻訳), 村澤 真保呂 (翻訳)
洛北出版 2007-03
Book 単行本
ASIN: 4903127044, EAN: 9784903127040
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CODE VERSION 2.0
ローレンス・レッシグ
山形浩生 (翻訳)
翔泳社 2007-12-19 (Release 2016-03-14)
eBooks Kindle版
ASIN: B01CYDGUV8
評価     

前著『CODE』改訂版。

reviewed by Spiegel on 2018-11-17 (powered by amazon-item v0.2.0)