帰ってきた「しっぽのさきっちょ」

しっぽのさきっちょ: 2016-12-02 付 (2016-12-06 更新)

ネットには居場所がないということ

no extension

あらかじめ予防線を張っておくと,上の記事を腐すつもりは毛頭ないし,ぜひ読まれることをお勧めする。 ただし私の中で違和感があることは確かで,その源泉となるものをとりとめもなくグダグダ書いてみようと思う。

遺される人と失くなるモノたち

人間ってのは勝手なもので,たとえば見ず知らずの人がいくら亡くなっても「量」でしか評価できない。 たとえば「2015年の自殺者は全国で2.4万人でした」みたいな感じ。 一方で,近しい人・親しい人,あるいは一方的にそう思ってる人(有名人とか)が亡くなった場合には尋常でなく悲しんだり怒ったりする。 まぁ今は昭和時代みたいな後追い自殺とかは少ないかもしれないけど。

私は親から「冷血漢」の称号をいただくほどの薄情な人間だが,それでも近しい人や親しい人が亡くなれば人並みにヘコむのですよ。

こうして親しい人たちが亡くなるという事実は「いずれ私の番になる」ことを強く思い起こさせる。 それは事故死や病死かもしれないし「もう死ぬしかない」ところまで追いつめられてるかもしれない。 それに,どんなに運がよくてもいずれ老衰で死ぬことになるのだ。 そうやって初めて他人の死と自分の死を等価に見れるようになるかもしれないと勝手に解釈している。

そういえば

という記事を見て Facebook の TL に

「大昔に大学の先輩が亡くなられたときは1週間も経たずに Vector の個人サイトが閉鎖されたりして「Web ってこんなもんか」と思ったことがある」

と書いた1。 その先輩のコンテンツは私のほうで一部公開しているが,そのバックアップも私が死ねば私のコンテンツごと Web から消滅するだろう。

Wikipedia の記事や GitHub のリポジトリや Amazon のクラウドにある Kindle 本だって70年後も残っているかは甚だ怪しい。 Internet Archive だって政権が代わればなくなってしまうかもしれない。 本気で遺したいのならモノリスにでも刻むしかないのだろう。

そこに私はいません2

承認欲求というのは人のアイデンティティを形成する上で不可欠である。 しかし承認欲求を満たすにはどうやっても「他者」が必要になるし,その関係のあり方がポイントになる。 それはリアルだろうがネットだろうが同じことだ。

最初に紹介した記事では, Wikipedia 上の編集合戦でキレて衝動的に自殺しようとした人と,他に居場所がなくて風呂場から2011年のエジプト革命に関する情報を提供し続けていた人を紹介している(かなり端折って書いてるのでちゃんと記事を読んでね)。 でもそれってリアルでの友人・恋人関係がこじれて衝動的にリストカットしたり仕事に耽溺しすぎて workaholic に陥った挙句に家族のいる自宅に居場所がなくなるのと何が違うの? って感じである。

どうも私はこうした承認欲求が希薄なようで(ないわけではない)イマイチよく分かっていないのかもしれないが,リアルであれネットであれ承認欲求を満たせる「居場所」があるのならそれでいいんじゃないかと思う。 「リア充」と「ネト充」は同じコインの表裏みたいなもので対立する概念じゃないだろう。 上述の例のように人間関係を拗らせて日常生活や「居場所」を奪われるのは確かに大変だけど,残念ながらそれは(程度の差はあれ)誰にでも起こりうることなので,気に病んだところでどうしようもない。

「居場所」というのは単に空間的な場所やケータイのアプリやネットの URL を指すものではなく,その上で築かれる「関係」を含んでいる。 心地よい関係が築けるのならネットだろうとリアルだろうと関係ないし,相手が犬だろうがボットだろうが大した問題ではないのだ。

(あっ。いま脳内 BGM がさだまさしの「私は犬になりたい¥490」に変わったw

さだまさし 私は犬になりたい - YouTube

偉い人たちはネットを「逃げ場所」として定義しがちだけど(だからこそ “Wikipedia is not therapy” というキーワードが出てくるんだろうけど),本当はリアルこそネットからの「逃げ場所」だよね。 みんなフィルタリングしたりブロックしたりミュートしたりして(ネットに居ながら)ネットを切り離そうと躍起になっている3。 そうやって切り離していけば最終的にネットはテレビにならざるを得なくなるだろう。 私はテレビの中のリアクション芸人になるつもりはない。

ブックマーク

参考図書

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つながりっぱなしの日常を生きる:ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの
ダナ・ボイド 野中 モモ
草思社 2014-10-09
評価

角川インターネット講座5 ネットコミュニティの設計と力 つながる私たちの時代<角川インターネット講座> (角川学芸出版全集) これからの世界をつくる仲間たちへ ForbesJapan (フォーブスジャパン) 2016年 03月号 [雑誌] 「炎上」と「拡散」の考現学 ぼくらの仮説が世界をつくる

読むのに1年半以上かかってしまった。ネット,特に SNS 上で自身のアイデンティティやプライバシーを保つにはどうすればいいか。豊富な事例を交えて考察する。

reviewed by Spiegel on 2016-05-10 (powered by G-Tools)


  1. 近年は短めのコメントはブログでなく Facebook の TL に書き捨てることが多い。友人たちの TL を汚すことになるので申し訳ないと思いつつ,ついついぶっちゃけてしまう(笑) [return]
  2. 「千の風になって」より [return]
  3. そのもっとも最たるものが2011年のエジプト革命で起きたネットの「大切断!」だろう。 [return]