JASRAC が音楽教室からも「著作権(みかじめ)料」をまきあげる話

no extension

きっかけはこれ。

この記事によると

日本音楽著作権協会(JASRAC)は2月2日、「ヤマハ音楽教室」など楽器の演奏を教える教室から著作権料を徴収する方向で検討していると明らかにした。早ければ来年1月から徴収する考えだ。

だそうだ。 当然ながら「音楽教室」側は反発する。

なんと,「音楽教育を守る会」なるものができたらしい。

参加するのは、ヤマハ音楽振興会、河合楽器製作所、開進堂楽器、島村楽器、宮地商会、山野楽器と、音楽教育家などが所属している全日本ピアノ指導者協会。

ってな感じで一気にキナ臭い話になってきたわけだ。 訴訟へと展開していくのかな(訴訟になればいいのに)。

まぁ JASRAC が叩かれるのは毎度のことで個人的にも JASRAC を擁護する気は全くないのだが1,しかしこれは JASRAC だけが悪いわけではない。 何故なら「音楽業界」は長い間,この利権構造によって潤ってきたのだから。 「音楽業界」も JASRAC も同じ既得権益者であり,両者は共依存の関係にある。 搾取の矛先が自分たちに向いたからといって,いまさら「そんなの嫌だ!」と駄々をこねたところで「筋が通らない(ヤクザ風味)」だろう。 本当にそれが認められないというのなら,今までの自分たちの行いも含めてきちんと「総括」していただきたいものである(笑)

まっ,その辺の「大人の事情」についてはこの記事では横に置いておくとして,今回のケースについて以下の記事を参考にしながら著作権法から見た問題点を簡単に紹介してみる。

演奏権と公衆

まず,今回問題になっているのは著作財産権のうちの「演奏権」とよばれるものである。 「演奏権」は著作権法第二十二条で定義されている。

第二十二条 著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。

ここでの注目点は「公衆に直接聞かせることを目的」としたものであること。 たとえば「公衆」ではない相手に対する演奏には「演奏権」は及ばない。 また何とはなしに「聞こえてくる」ものも除外される。

では音楽教室で先生や生徒が演奏することは「演奏権」に抵触するのか。 これは著作権法において「公衆」がどう定義されているかがポイントである。

一般に「公衆」とは「不特定かつ多数」であると認識されていると思う。 法律の世界でも概ねそのような解釈らしい。 しかし著作権法第二条の5では

この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数の者を含むものとする。

と明記されている。 したがって「特定かつ少数」以外は全部「公衆」と見なされるわけだ2。 つまり音楽教室での演奏が「演奏権」に抵触するかは,その音楽教室が「特定かつ少数」で構成されているか否かにかかっている。 ちなみに,過去の判例3 から,誰でも入会できるサービスの場合にはユーザは「不特定」と見なされるらしい。

著作権の制限

もうひとつ。 著作権法の第三十条から第五十条にかけて「著作権の制限」が定義されている。 これは目的や手段に応じて著作権の行使が制限される条件を記したものだ。 この中に「営利を目的としない上演等」という条件がある。

第三十八条 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。

音楽教室での演奏が「演奏権」に抵触するとしても「営利を目的としない上演等」であれば「演奏権」は制限される。

ちなみに「著作権の制限」では教育目的の場合でもいくつかの制限がかかるが,残念ながら「演奏権」に関しては当てはまらない。 「演奏権」に制限がかかるのはあくまでも非営利の場合に限られる4。 ボランティアなら分からないが背後に大きな企業が控える音楽教室での演奏が非営利にあたるかどうかはかなり難しいんじゃないだろうか。

ちなみに海外の例だが

これに対して米国では「公正な利用」であると判断されれば明文の規定がなくても著作権が制限されるフェアユースの規定があるので、音楽教室での利用は音楽産業を振興し権利者に利益を与えているという主張が可能です。ただし、その米国でさえも、営利目的の音楽教室(専門学校や私立の音楽大学を含むかどうかASCAPに確認中です)は、著作権利用料を払っている状況であることには注意が必要です。

ということで日本の状況だけが特殊と言うわけでもないようだ。

包括契約について

もし音楽教室での演奏が「演奏権」に抵触すると判断された場合,著作権 (みかじめ) 料の集金方法と著作(権)者への配分が問題になるだろう。

これについて JASRAC 側はどうも包括契約 (どんぶりかんじょう) を想定しているらしいが,包括契約については公正取引委員会から独占禁止法違反を指摘され最終的に最高裁までもつれたばかりである5。 この状況で包括契約を行うのは無理筋な気がするが,もしやるなら当然のことながら他の著作権管理団体もそれに倣う形になる。 JASRAC だけなら 2.5% かもしれないが,他の著作権管理団体も併せれば相当な負担になるはずである。

もし包括契約をしないのであれば各教室ごとに1曲ずつ請求することになるだろうが,著作権管理団体側にも音楽教室側にも負担の大きい作業になる。

別の観点でみると音楽教室で演奏する楽曲に各著作権管理団体が管理するものがどのくらい含まれるかという問題もある。 著作権期限の切れた古い民謡やクラシック音楽を教える教室であればもとより「演奏権」は関係ない。 CC Licenses のようにあらかじめ公衆への演奏が許諾されている場合も対象外である。

更に,講師が生徒に向かって模範演奏する場合はともかく,生徒が練習として演奏するのは「演奏権」に抵触するのかという問題もある。これも「演奏権」に抵触するとなると話は音楽教室だけでは済まなくなる気もするのだが…

いっそのこと音楽教室用に「自由な楽曲」を創作するのも面白いかもねぇ6

ブックマーク

参考図書

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著作権2.0 ウェブ時代の文化発展をめざして (NTT出版ライブラリー―レゾナント)
名和 小太郎 (著)
NTT出版 2010-06-24
単行本(ソフトカバー)
4757102852 (ASIN), 9784757102859 (EAN), 4757102852 (ISBN)
評価     

名著です。今すぐ買うべきです。

reviewed by Spiegel on 2014-08-02 (powered by PA-APIv5)

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フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環
ドミニク・チェン (著)
フィルムアート社 2012-05-25
単行本
4845911744 (ASIN), 9784845911745 (EAN), 4845911744 (ISBN)
評価     

国内における Free Culture の事例が豊富。取っ掛かりとしてはちょうどよい本。

reviewed by Spiegel on 2015-05-07 (powered by PA-APIv5)


  1. 知らない人はいないと思うが JASRAC は音楽ユーザからはすこぶる評判が悪い: JASRACが音楽教室からも著作権料を徴収で大炎上! 不当裁判、裏金、天下り、独禁法違反…その強欲の歴史|LITERA/リテラ ↩︎

  2. 対象が不特定なら多数でも少数でも「公衆」と見なされるらしい。私にはイマイチそのロジックが分からないのだが。 ↩︎

  3. 社交ダンス教室に対する判決 」より。この中で「ダンス教師の人数及び本件各施設の規模という人的,物的条件が許容する限り,何らの資格や関係を有しない顧客を受講生として迎え入れることができ,このような受講生に対する社交ダンス指導に不可欠な音楽著作物の再生は,組織的,継続的に行われるものであるから,社会通念上,不特定かつ多数の者に対するもの,すなわち,公衆に対するものと評価するのが相当である」と述べられている。 ↩︎

  4. 学校教育(私立学校を含む)の音楽の授業での演奏は非営利と見なされるらしい。文化祭での演奏もお金を取らないのであれば非営利。 ↩︎

  5. 公取委からの改善命令に対し JASRAC が不服を申し立て一度は命令が取り消されたもののイーライセンス(現 NexTone)が取り消しを不服として提訴し最高裁までもつれた。結果として JASRAC は2016年9月に不服申し立てを取り下げ改善命令を受け入れた。 ↩︎

  6. 音楽ではないが自由に利用できる数学教材というのは存在する: フリー教材開発コミュニティ FTEXT ↩︎