「デジタル・アーカイブ」という傲慢

no extension

この記事の論点はふたつあって,ひとつは現行の著作権を含む知財権・所有権の欠陥(defect)で,もうひとつは「デジタル・アーカイブ」遂行の困難性である。 両者は深く関連している部分もあるが,本来は別の事象である。 知財権・所有権の欠陥について議論するのは結構なことだが,「デジタル・アーカイブ」のためにガイドラインを書いたり現行法を変えるというのは全くもってナンセンスな話だ。

「デジタル・アーカイブ」という単語を聞くと必ず思い出すのがホルヘ・ルイス・ボルヘス氏の短編作品「会議」である。 てか,つい先日も紹介したな,これ。

しつこいようだが,もう一度引用しよう。

わしらの企てた計画は、とてつもなく広大なもので、 ――いまのわしにはそれがわかるが―― 全世界を包含するほかないことになる。それは、荒れた農場の掘ったて小屋でがなりたてる、いかさま師の集団じゃない。世界会議は、世界の最初の瞬間と同時にはじまって、わしらが塵に帰ったときもなおつづいてゆくのだ。
via 『砂の本』より「会議」

つまり「デジタル・アーカイブ」などと称して無駄金をばら撒く連中こそが「荒れた農場の掘ったて小屋でがなりたてる、いかさま師の集団」である。

というわけで,今回は「デジタル・アーカイブ」の話。

ネット上のデジタル情報は「文化遺産」ではない

上述リンク先の記事で引き合いに出されている Europeana だが,こちらは「文化遺産」をデジタル情報として「遺す」ことを目的としている。

しかし,日本の「デジタル・アーカイブ」が

ところが、Webサイトなどボーンデジタルな領域は、いままでの手法だけでは対応できない。どう資料学として整理・保存していくかが、まったく確立できていないという。また、デジタル情報を整理・保存していくために必要な費用を社会が負担することに関しても、日本においてはまだ“当たり前”のことという風土がないと指摘する。
via 疑似著作権、所有権、肖像権…… デジタルアーカイブには著作権以外にも課題が山積

などと,現状の Web まで対象としているのなら「文化遺産」の蒐集いや収集とは全く別の発想が必要になる。 何故ならネット上のデジタル情報は「遺産」ではなく「生きている」からだ。

「関連」と「履歴」

デジタル情報で大事なものはなにか。 実はデータそのものの価値は大したものではない。 本当に価値があるのはデータに付随する以下の2つの属性

  1. データ間の「関連」
  2. データの「履歴」

である。 「関連」と「履歴」が揃ってはじめてデータに「文脈」が形成され情報としての価値を持つ。 現在 Web 上でこの2つの属性を「込み」できちんとアーカイブできているのは Google と Internet Archive くらいのものだろう。

Web は元々「ハイパーリンク」が設計思想のベースにあるので「関連」の重要性は分かるだろう。 「履歴」についてはここ10年くらい, git などの分散型バージョン管理システムが台頭し始めるのと同時期くらいから注目されている。 「履歴」の重要性を示すものとして git に並んで注目されているのが Blockchain である。

「関連」と「履歴」の重要性は,デジタル情報じゃなくても,美術品や古文書などの歴史資料でも容易に想像できるだろう。 たとえば,日本の古代神話を記したと言われる「記紀」には相当な数の「バージョン」が存在することが分かっていて,「記」と「紀」の間の差異,あるいは「記紀」それぞれのバージョン間の差異を調べることで記述そのものには直接現れない「歴史」が浮かび上がってくる1

とはいえ「文化遺産」は既に「死んでるデータ」である。 現状あるものを全て収集すれば,アーカイブの役割としては,それで終了だ2。 しかし Web 上のデジタル情報は現在進行形で「関連」と「履歴」が更新され続けている。 Google のような「情報ダム(=クラウド)」があるわけでもなく,どうやってそれらをアーカイブするつもりなのか。

ゲームという「グローバル・メディア」

最初に挙げた記事で「ゲーム」についてこれっぽっちも言及がないのは意図的なのだろうか。 「デジタル・アーカイブ」の中の人たちは日本に「ネトゲ」はなかったことにするつもりなのか。 しかし,日本の現代文化に「ゲーム」は切り離すことのできない存在である。

「ファミコン」等のコンシューマ機やその上に乗るパッケージソフトはまだいいが,ネットにはそれらを凌駕する膨大な量のゲームタイトルが存在する。 しかも,それらの多くはいわゆる「ソーシャル・ゲーム」であり,それ自体が「メディア」としても機能している。

1年と経たずに機種や OS がバージョンアップする携帯端末上のゲームを(動作可能な状態で)収集すること自体かなりの困難が予想されるが,それ以上にゲーム上でのユーザの活動をアーカイブするなど不可能に近い3

更に言えば,ゲームはとっくに日本という商圏を超えて存在している。 ゲームに関して「日本」という枠組みを架すのは全く意味がない。 そういうグローバルに展開されるメディアやコンテンツをどうやってアーカイブするつもりなのか。 そもそもそれって「デジタル・アーカイブ」で許容される活動範囲なのか。

「デジタル・アーカイブ」無用論

はっきり言おう。 「デジタル・アーカイブ」など無用である。 どうしてもやりたいのなら,「新しい箱」を作るのではなく,既存の活動にコミットしていくべきだろう。

たとえば「青空文庫」や「マンガ図書館Z」や “Internet Archive” といった国内外の活動と協力関係を作る。 公立の図書館や博物館・美術館の機能を強化するよう法改正する。 あるいは私設のそれらと連携するよう働きかけてもいい。 いっそのこと公営の git リポジトリ・サービスを作るのはどうだろう。 公開公文書やパブコメは全部そこにぶち込んでしまえ!

目的は崇高でもやり方が拙く,とりあえず箱は作ったが放置プレイで「廃墟」や「跡地」ばかり林立するというのは,もはや日本の公共事業の「お家芸」のようなものだが,同じ日本に住む人間として,そろそろ勘弁していただきたいものである。


  1. 他にも,たとえば各地の風土記と記紀との差異についての研究などもある。私は島根県出身なので「出雲風土記」についても多少は知っているが,出雲風土記には「ヤマタノオロチ退治」の神話は(類似の話も含めて)存在しない。この差異だけでも大和朝廷と出雲地方の関係,あるいは「ヤマタノオロチ退治」に登場する神々や登場人物の「意味」が想像できる。 [return]
  2. とはいえ,それだけでも尋常な作業でないことは,その一端である「青空文庫」の活動を見ても分かるだろう。 [return]
  3. 現在は「実況」という形でゲーム上の活動を動画でアップするユーザも増えたが(しかも知財権的には結構グレイ),当然ゲーム空間やユーザ全てを網羅しているわけではない。 [return]