TinyGo で WebAssembly

TinyGo は本家 Go のサブセットと言えるもので LLVM を使った組み込み用途特化のコンパイラである。 しかも LLVMWebAssembly バイナリを直接出力できるということもあって TinyGoWebAssembly の相性は本家 Go 以上と言える。

というわけで今回は, Go および TinyGo を使って WebAssembly へのコンパイルを行い, Web ブラウザ上で動作させるところまでやってみることにする。

TinyGo のインストール

TinyGo が動作するためには,あらかじめ本家 Go のツールチェーンが導入済みであることが前提となる。 この記事では Go は導入済みであるとして話を進める。

TinyGo は以下のリポジトリから最新版をダウンロード&インストールする。

2021-03-11 時点での最新版は 0.17.0 である。 Go 1.16 以降が推奨らしい。

Ubuntu の場合

Ubuntu の APT や Snap の公式リポジトリにはないので, deb ファイルをダウンロードし,手動でインストールする。

$ curl -L https://github.com/tinygo-org/tinygo/releases/download/v0.17.0/tinygo_0.17.0_amd64.deb -O
$ sudo dpkg -i tinygo_0.17.0_amd64.deb
$ tinygo version
tinygo version 0.17.0 linux/amd64 (using go version go1.16.1 and LLVM version 11.0.0)

ちなみに WSL/WSL2 上の Ubuntu にもインストール可能だそうだ。

Windows の場合

Windows なら Scoop を使うのが最も簡単である。 Scoop なら本家 Go も簡単にインストールできるし TinyGo 用の周辺ツールも Scoop で簡単に導入できる。

$ scoop install tinygo
$ tinygo version
tinygo version 0.17.0 windows/amd64 (using go version go1.16.1 and LLVM version 11.0.0)

Docker の場合

Docker 環境も用意されているそうだ。 詳しくはこちら。

ファイル構成

今回のファイル構成はこんな感じ。

$ tree .
.
├── hello
│   ├── hello.go
│   ├── index.html
│   ├── wasm.js
│   └── wasm_exec.js
└── main.go

main.go は簡易サーバのコードで,こんな感じになっている。

package main

import (
    "embed"
    "fmt"
    "io/fs"
    "net/http"
    "os"
    "strings"
)

//go:embed hello
var assets embed.FS

func main() {
    addr := "localhost:3000"
    fmt.Printf("Open http://%s/\n", addr)
    fmt.Println("Press ctrl+c to stop")

    root, _ := fs.Sub(assets, "hello")
    fs := http.FileServer(http.FS(root))
    http.Handle("/", http.FileServer(http.FS(root)))
    if err := http.ListenAndServe(addr, http.HandlerFunc(func(resp http.ResponseWriter, req *http.Request) {
        resp.Header().Add("Cache-Control", "no-cache")
        if strings.HasSuffix(req.URL.Path, ".wasm") {
            resp.Header().Set("content-type", "application/wasm")
        }
        fs.ServeHTTP(resp, req)
    })); err != nil {
        fmt.Fprintln(os.Stderr, err)
    }
}

embed パッケージと //go:embed ディレクティブが便利! 簡易サーバのコードについては拙文「紙芝居用の簡易サーバを書く【Go 1.16 版】 」を参照のこと。 今回用の設定としては *.wasm ファイルの Content-Type を application/wasm にすることくらいかな。 あとは no-cache の設定ね。

wasm_exec.js ファイルは Go および TinyGo が用意しているファイルで,以下からコピってそのまま使えばよい。

処理系 パス
Go $GOROOT/misc/wasm/wasm_exec.js
TinyGo $TINYGOROOT/targets/wasm_exec.js

$GOROOT および $TINYGOROOT の値は,以下のコマンドで取得できる。

$ tinygo env
GOOS="linux"
GOARCH="amd64"
GOROOT="/usr/local/go1.16.1"
GOPATH="/home/username/go"
GOCACHE="/home/username/.cache/tinygo"
CGO_ENABLED="1"
TINYGOROOT="/usr/local/lib/tinygo"

みんな大好き Hello World

さて hello/hello.go ファイルの中身だが,まずはこんな感じで。

// +build js,wasm

package main

import "syscall/js"

func main() {
    ch := make(chan struct{})
    js.Global().Get("document").Call("getElementById", "hello").Set("innerHTML", "Hello, World!")
    <-ch // Code must not finish
}

JavaScript の DOM 構造に慣れている人ならそんなに難しくないだろう。 ID 名 hello の要素に文字列 Hello, World! を突っ込むだけの簡単なお仕事(笑)

これを Go および TinyGo の各コンパイラでコンパイルしてみる。

$ GOOS=js GOARCH=wasm go build -o hello1.wasm -trimpath
$ tinygo build -o hello2.wasm -target wasm ./hello.go

前者が本家 Go によるコンパイルで,後者が TinyGo によるコンパイルだ。 コンパイル結果は以下の通り。

$ ll *.wasm
-rwxrwxr-x 1 username username 1364695  3月 10 23:59 hello1.wasm*
-rwxrwxr-x 1 username username   67375  3月 10 23:59 hello2.wasm*

おうふ。 こんなに違うのか。

本家 Go のコードが大きいのは,良くも悪くも POSIX 互換環境への依存度が高く組み込み用途に使うには余計なコードを抱え込んでしまうという事情がある。

一方 TinyGoLLVM の制約を受けるため,ガベージコレクションや並行処理などで本家 Go とは異なる挙動になる(他にもいくつかの標準パッケージが使えない場合があるらしい)。

たとえば先ほどの

func main() {
    ch := make(chan struct{})
    js.Global().Get("document").Call("getElementById", "hello").Set("innerHTML", "Hello, World!")
    <-ch // Code must not finish
}

の最後を見ると,チャネル受信状態で処理が止まっているが(というか止めるためにわざわざこのように書いているのだが),これがないと TinyGo コンパイラがエラーを吐く場合があるようだ。

WebAssembly コードのバインド

hello/wasm.js ファイルは生成した WebAssembly コードを JavaScript 側にバインドするものである。 今回は以下のように書いてみた。

function initWASM(url) {
    const go = new Go();

    if ('instantiateStreaming' in WebAssembly) {
        WebAssembly.instantiateStreaming(fetch(url), go.importObject).then(function (obj) {
            go.run(obj.instance);
        })
    } else {
        fetch(WASM_URL).then(resp =>
            resp.arrayBuffer()
        ).then(bytes =>
            WebAssembly.instantiate(bytes, go.importObject).then(function (obj) {
                go.run(obj.instance);
            })
        )
    }
}

これで

initWASM('hello2.wasm');

という感じに任意の WebAssembly ファイルを取り込める。

HTML の内容

以上を踏まえて hello/index.html ファイルの内容は以下のようにした。

<!DOCTYPE html>
<html>
<head>
<meta charset="utf-8"/>
<title>Hello</title>
<script src="wasm_exec.js"></script>
<script src="wasm.js"></script>
</head>

<body>
    <p id="hello"></p>
</body>

<script>
    initWASM("hello2.wasm");
</script>
</html>

実行結果

では,いよいよ動かしてみよう。

$ go run main.go
Open http://localhost:3000/
Press ctrl+c to stop

該当の URL を開くと

Hello

よーし,ちゃんと表示されているな。 ここまでは楽勝。

WebAssembly の機能を JavaScript から呼び出す

以上のコードは WebAssembly 側から HTML 要素に値をセットしていたが,これではあまり応用できないだろう。 なので,今度は JavaScript 側から WebAssembly の機能を呼び出すことを考える。

まずは hello/hello.go ファイルの内容を以下のように変更する。

// +build js,wasm

package main

import (
    "strings"
    "syscall/js"
)

func say(this js.Value, args []js.Value) interface{} {
    ss := []string{}
    for _, jss := range args {
        if s := jsString(jss); s != "" {
            ss = append(ss, s)
        }
    }
    return js.ValueOf("Hello, " + strings.Join(ss, ", "))
}

func jsString(j js.Value) string {
    if j.IsUndefined() || j.IsNull() {
        return ""
    }
    return j.String()
}

func main() {
    ch := make(chan struct{})
    js.Global().Set("say", js.FuncOf(say))
    <-ch // Code must not finish
}

JavaScript から呼び出す関数は

func(this js.Value, args []js.Value) interface{}

の関数型にする決まりのようだ。 また返り値は js.Value 型にして返すのだが,実際の Go の型と JavaScript の型の対応は以下のようになっているらしい。

Go JavaScript
js.Value [its value]
js.Func function
nil null
bool boolean
integers and floats number
string string
[]interface{} new array
map[string]interface{} new object

さらに main() 関数内の

js.Global().Set("say", js.FuncOf(say))

によって Gosay() 関数は JavaScript の global.say() 関数に紐付けられる。

hello/wasm.js ファイルはそのままでOK。 hello/index.html ファイルの内容を以下のように書き換える。

<!DOCTYPE html>
<html>
<head>
<meta charset="utf-8"/>
<title>Hello</title>
<script src="wasm_exec.js"></script>
<script src="wasm.js"></script>
</head>

<body>
	<button>Hello</button>
	<p id="hello"></p>
</body>

<script>
	initWASM('hello2.wasm');
	document.querySelector('button').addEventListener('click', event => {
		document.getElementById("hello").innerHTML = global.say("Alice", "Bob", "Chris");
	});
</script>
</html>

これで [Hello] ボタン押下で global.say() 関数が発火するはずである。 実行してみよう。

$ go run main.go
Open http://localhost:3000/
Press ctrl+c to stop

この状態で画面を表示すると

Hello Button (1)

さらにボタンを押下すると

Hello Button (2)

よーし,うむうむ,よーし。

これなら応用が効きそうかな。 今回はここまで。

ブックマーク

参考図書

photo
ソフトウェアデザイン 2021年3月号
谷本 心 (著), 水島 宏太 (著), 増田 亨 (著), 山本 悠滋 (著), 折原 レオナルド賢 (著), 米田 武 (著), 清水 洋治 (著), 結城 浩 (著), 刀根 諒 (著), 大串 肇 (著), 松本 直人 (著), クラスメソッド 木村(作) (著), エクスデザイン ninnzinn(画) (著), くつなりょうすけ (著), 広木 大地 (著), 中島 明日香 (著), 金谷 拓哉 (著), 高橋 永成 (著), 平岡 正寿 (著), 梶原 直人(監修) (著), 平櫛 貴章 (著), 星川 真麻 (著), けんちょん(大槻 兼資) (著), 大嶋 健容 (著), 職業「戸倉彩」 (著), mattn (著), 小野 輝也 (著), 濱田 康貴 (著), 森若 和雄 (著), 古川 菜摘 (著), 嘉山 陽一 (著), 平野 尚志 (著), 杉山 貴章 (著), Software Design編集部 (編集)
技術評論社 2021-02-18 (Release 2021-02-18)
雑誌
B08T7D2LFR (ASIN), 4910058270316 (EAN)
評価     

第2特集が「WebAssembly 入門」近年の動向を把握するには丁度いいだろう。

reviewed by Spiegel on 2021-03-21 (powered by PA-APIv5)

photo
プログラミング言語Go (ADDISON-WESLEY PROFESSIONAL COMPUTING SERIES)
Alan A.A. Donovan (著), Brian W. Kernighan (著), 柴田 芳樹 (翻訳)
丸善出版 2016-06-20
単行本(ソフトカバー)
4621300253 (ASIN), 9784621300251 (EAN), 4621300253 (ISBN), 9784621300251 (ISBN)
評価     

著者のひとりは(あの「バイブル」とも呼ばれる)通称 “K&R” の K のほうである。この本は Go 言語の教科書と言ってもいいだろう。

reviewed by Spiegel on 2016-07-13 (powered by PA-APIv5)