強すぎる結界は更なる魔を引き寄せる
今回はこれをネタにつらつらと世迷いごとを書いてみる。 いつも以上に戯れ言なので,あんまり真面目に読まないように。
本当に秘密なことは誰とも共有してはならない
優れたアルゴリズムを使えば暗号システムそのものは必ずしも隠す必要はないが,鍵はどうしても秘匿しなくてはならない。 しかし秘密を共有すれば必ず漏えいリスクが発生する。 公開鍵暗号方式が「発明」されるまで,暗号技術が軍事または大企業の技術として専有されていたのは「秘密の共有」に莫大なコストがかかるからだ。
本当に秘密なことは誰とも共有してはならない。
秘密なんてないさ
個人的に今年イチオシの映画である『イミテーション・ゲーム』に印象的なシーンがある。 ドイツの暗号機械「エニグマ」の暗号鍵を短時間で解読することに成功したアラン等のチームは,この事実を(政府や軍にも)知らせないことに決めた。 理由は(政治的な思惑もあるだろうが)事実を敵国に知られないためである。 敵国に知られれば相手は暗号システムを変えるだろうから。
秘密を隠すためには秘密が存在することをも隠す必要がある。
フランスの警察当局がテロ事件の犯人を捕まえることができたのは暗号を解読したからではない。
警察・諜報組織は一般の人がアクセスできない情報にもアクセスできる。 たとえ暗号データそのものを解読できなくても,いったん対象を絞り込むことができれば,行動履歴をかき集め「名寄せ」することで追い詰めることができるのだ。 これを回避するのは並大抵ではない。
だから問題はどうやって「対象を絞り込む」か,つまりフィルタリングあるいはスクリーニングの問題である。
前門の虎,後門の狼少年
現在「パリのテロ」は西欧諸国にとって「錦の御旗」になっている。
名前が示す通り「テロ(terrorism)」は誰だって怖い。 そして,それによって大勢の人や近しい人が命を落とすのであれば,怒りを感じて当然である(恐怖は怒りを駆動する)。
テロの目的は相手に「恐怖」を刷り込み戦争状態を維持・活性化することにある。 でも「恐怖」を利用しているのはテロリストだけではない。 このことを 9.11 以後の10年あまりの間に私たちは嫌というほど見せつけられた筈である。 西欧諸国は「パリのテロ」を利用して 9.11 と同じ状況を作り出そうとしている。 目の前の恐怖に竦みあがっていると後ろから刺される。
秘密なんてないYO
「我匿す、ゆえに我あり」では Bruce Schneier さんの “Why We Encrypt” の一部を翻訳されている。 以下に少し紹介する。
「木の葉を隠すなら森のなか1」ということだろう。 たぶんこれは通信・ネットワークに於いては正しい。
現代社会においては善人と悪人,内部告発者と犯罪者,あるいは愛国者とテロリストを区別することはできない。 これらは私たちの日常空間に埋め込まれているからだ。
特に今回のパリのテロや先日の米国カリフォルニア州のテロのような「ローン・ウルフ型」と言われるテロは,活動主体の武装組織などと事前に negotiation する必要はなく,勝手に立案して勝手に実行して勝手に名乗りを上げることができてしまう2。 こういったことを警察・諜報組織が(事後ならともかく)事前に察知することは,たとえ全ての通信履歴を解読できたとしても,難しいだろう。 何故なら誰とも秘密を共有する必要はない(または共有する範囲がごく限られる)し,秘密の存在自体を秘匿しやすいからだ3。
テロのような犯罪を事前に防ぐことが難しいのは暗号技術のせいではない。 彼ら為政者はただ,森に隠された木の葉を探すために「焼き払え!」と叫んでいるだけである。
強すぎる結界は更なる魔を引き寄せる
しかし,実際問題として暗号技術が正しく機能しているのかというと甚だ疑問と言わざるを得ない。
「我匿す、ゆえに我あり」では電子メールを挙げていた4 が, HTTPS も基盤である PKI が揺らいでいる。 もっと言うと利便性やセキュリティの名のもとに HTTPS 通信に「中間者攻撃(man-in-the-middle-attack)」を仕掛けて通信内容を「監査」する製品がセキュリティ企業などから提供され,ユーザ企業側もそれを使うことをよしとしている。 しかも「中間者攻撃」の仕組みがあることが分かっているのなら,犯罪者だってそれを利用できる可能性があるわけだ。 知らぬは末端のユーザのみである。
こう考えると本当に「あらゆる通信に」暗号化を適用すべきなのか疑問に感じてしまう。 政治的圧力には同じ圧力で対抗できるかもしれないが,市場はそんな政治的思惑も「面倒」なルールも全部迂回してしまう。 かといって他に冴えたやり方もないので,とりあえずはせっせと「森を作る」しかないのだが。
強すぎる光は影を濃くするのみだ。 あるいは強すぎる結界は更なる魔を引き寄せる。
これはいつも言っていることだが,ルールが守られないのはルール自体に問題がある。 そろそろ排除するだけのセキュリティも暗号技術も曲がり角に来ているのではないかと思ったりする。
参考図書
- イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(字幕版)
- ベネディクト・カンバーバッチ (出演), キーラ・ナイトレイ (出演), マシュー・グード (出演), ロリー・キニア (出演), モルテン・ティルドゥム (監督), グラハム・ムーア (Writer)
- (Release 2015-10-02)
- Prime Video
- B015SAFU42 (ASIN)
- 評価
主人公であるアラン・チューリングは今もなお「天才」と称される数学者であり,「コンピュータの父」と呼ばれるほどの偉人である。そしてチューリングの偉業のひとつが,旧ナチス・ドイツの暗号機械「エニグマ」の解読である。作品はそのエニグマの解読を主軸に物語を展開していく。感想はこちら。
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正しくは「賢い人は葉をどこへ隠す? 森の中だ。森がない時は、自分で森を作る。一枚の枯れ葉を隠したいと願う者は、枯れ葉の林をこしらえあげるだろう」らしい。 Gilbert Keith Chesterton 著『ブラウン神父の童心(The Innocence of Father Brown)』より「折れた剣(The Sign of the Broken Sword)」の中の一節。 ↩︎
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ちゃんと名乗りを上げないとただの犯罪と見分けがつかないからね。そのせいで米国の例では「テロ」の判断が遅れたわけだが(笑) ↩︎
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さらに言えば,自爆テロなら「事後」を考慮する必要もない。 ↩︎
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私も同じネタで記事を書いた。実は TextSecure が Signal に統合されてからウチのスマホでは動かなくなってしまった。とほほ orz ↩︎