「無償ボランティア開発」は美談なのか?

no extension

予防線として最初に断っておくが,私は COCOA そのものに対しては良くも悪くも評価していない。

前提として,国家レベルで皆保険制度が定着し私のようなビンボー人でも最低限の医療を受けられる社会環境で接触者監視アプリが本当に有用なのか,疑問視している。 他のリスクを無視して「しないよりはマシ」と押し通すのは security theater と同程度には愚かである。

まぁ,私個人の不穏当な発言はさておき COCOA の開発周りについては色々ときな臭い話を聞いている。 私の 邪推 を多く含んでいるのでブログには書いてなかったが,Twitter や Facebook の TL で聞きかじった話をまとめるとこんな感じ。

  1. 発注元である厚労省は COCOA の予算が取れなくて HER-SYS の「仕様変更」としてパーソルプロセス&テクノロジーに押し付け,更にそれを日本マイクロソフトとFIXERへ委託した
  2. 再委託先のMS&FIXERはオープンソースで Xamarin ベースの Covid-19 Radar を fork させた COCOA をリリースした
  3. COCOA は単なる fork で元の Covid-19 Radar にコード貢献(contribute)しているわけでもなく(実質別プロジェクト),今後 COCOA をどのようにメンテするのかも不透明

又聞きで根拠を調べる気もなかったので以後スルーしていたのだが,案外に近い線だったらしい。

この記事によると COCOA の開発者関係は大雑把に以下のような感じのようだ(図は @piyokango さんの tweet より)。

接触確認アプリCOCOAの主要な関係組織が頭の中で整理できていなかったため、図にしてみました... / Twitter

私も会社員時代(←大昔)は「お上」が絡むようなプロジェクトに関わったこともあるので,少なくとも金回りや権利関係の面倒臭さについては承知しているし,そこにツッコむつもりはない。

しかし,そもそもの話として「無償ボランティア開発」は美談なのか?

ひとくちに OSS プロジェクトといっても様々な規模と形態がある。 たとえば,私のように自分が使うコードに OSS ライセンスをくっつけただけのものもある1。 あるいは Hugo のようにボランティア・ベースで大きなコミュニティを抱えている場合もある。 さらに(Linux が典型的だが)社会的に大きな影響力を持つものすらある。

OSS 製品に「無料」で流通しているものが多いのは確かだし,ボランティア・ベースのコミュニティが多いのも確かだ。 しかし OSS コミュニティに参加しているボランティアは決して「無償」で参加しているわけではない。 何故なら参加者にとって最も価値があるのは「コード貢献」だから。

実社会に於いては「お金」が血液のように循環することで経済が成り立っているように, OSS コミュニティに於いては「コード」の自由な流通こそが活況への鍵となる。

しかし,社会的な影響力が大きかったり,ましてや政府調達品であれば必ず責任と義務とお金が付きまとってくる2。 これらをどのように配分するかによってプロジェクトの成否が決まると言ってもいい。 ただそこにあるものを「ガメる」だけでは OSS 版「コモンズの悲劇」だ。

「それがぼくには楽しかったから」で済むのは思春期までだよね

これから generativity を意識した社会へ移行するのなら「新しい革袋」を用意すべきだ。 そういう意味で「無償ボランティア開発」は(悪いとは言わないが少なくとも)美談ではない。

ブックマーク

参考図書

photo
もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来
yomoyomo (著)
達人出版会 2017-12-25 (Release 2019-03-02)
デジタル書籍
infoshare2 (tatsu-zine.com)
評価     

WirelessWire News 連載の書籍化。感想はこちら。祝 Kindle 化

reviewed by Spiegel on 2018-12-31

photo
情報共有の未来
yomoyomo (著)
達人出版会 2011-12-30 (Release 2012-02-19)
デジタル書籍
infoshare (tatsu-zine.com)
評価     

同名ブログの書籍化。感想はこちら

reviewed by Spiegel on 2012-11-03

photo
それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実 (小プロ・ブックス)
リーナス トーバルズ (著), デビッド ダイヤモンド (著), 風見 潤 (翻訳), 中島 洋 (監修)
小学館プロダクション 2001-05-10
単行本
4796880011 (ASIN), 9784796880015 (EAN), 4796880011 (ISBN)

Linux の作者 Linus Torvalds の自伝的作品。

reviewed by Spiegel on 2017-01-23 (powered by PA-APIv5)


  1. 私が GitHub リポジトリで公開している Go コードには大抵 Apache-2.0 ライセンスを付与しているが,深い理由はない。理由のひとつは,ちゃんと許諾の条件と範囲を示さないと再利用できず公開する意味がないというもので,もうひとつは, Apache-2.0 ライセンスが GPL 互換の「自由のライセンス」の中で最も規定が緩い許諾条件のひとつで,しかも特許終了規定が明記されているから,である。 Go は言語仕様やライブラリのレベルで OSS エコシステムへの依存度が高い。なので公開する Go コードに OSS ライセンスを付与するのは合理的なのである。 ↩︎

  2. 大抵の OSS ライセンスが「無保証」を謳っているのは,こうした責任や義務を回避するためでもある。「コードを公開するから最悪は自分で直してね。ほんでよかったらこちらにフィードバック頂戴」というのが本来の OSS 開発のスタイルである。責任や義務を果たすには相応のコストがかかるってことをお忘れなく。 ↩︎