もはや紙の本は贅沢品である
例によって Bluesky の TL を眺めてたら面白い記事を見かけた。
自身の話で恐縮だが,私は本屋が好きだった。 それはもう,大昔の履歴書の趣味の欄に「本屋巡り」と書くくらいには好きだった(今でもプロフィールにちょっと名残がある)。 過去形で書くということは,今はそうでもないということ。 ここ2,3年ではトイレ以外で本屋を利用してない気がする。 いや,職場用に本を買おうとして本屋に行ったんだけど,あまりのクズなラインナップに絶望したんだっけ。 以来,職場で買う本も Amazon で(会社のアカウントで)買ってもらっている。
私が長く暮らしていた広島市は本屋天国みたいなところがあって,バブルの頃までは大小含めて様々な本屋が林立していた。 週末とか一日かけて10軒以上本屋さんをハシゴしてたりしてたよ。 バブルが弾けて小さい本屋はほぼ消滅したけど,それでも大型書店は(地方都市にしては)そこそこ残っている。
松江市に
7年前の引っ越しで大量の本を処分したのだが

このときに痛烈に思ったのが「本は墓場に持っていけない」である。
マンガやラノベは(竹本泉さんの作品以外は)紙の本を買わなくなった。 最近買った紙の本は『古代出雲の氏族と社会』だけど,これを買うのは勇気がいった(笑) つか,これくらいの本じゃないと紙では買わないし,紙の本自体めったに買わなくなった。 技術参考書は版元で PDF で買うし(Kindle ですらない)。
本の関連で近年衝撃的だったのは yomoyomo さんの『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』が国会図書館に納本されたという2019年の記事。 私はあまりの衝撃にこんな記事を残した。
少し前に「『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』が国会図書館に納本された」話があったが,残念ながら慧眼だったと言わざるを得ない。 まぁ「情報共有の未来」が「国会図書館に納本」とか皮肉 が効きすぎて目から汗が出てしまうが。
今の本には2つの方向がある。 ひとつは「読む本」でもうひとつは「遺す本」。 オタクならそこに「布教する本」を加えるべきかもしれないが,きょうび「アルゴリズム」が個人の嗜好を支配する時代に於いて人による「布教」は効果が薄いかもしれない。
「本の「史料」的価値」でも書いたが(特にネットにある)デジタル情報は失われやすい。 100年どころか10年だって保持できるか怪しいものである。 青空文庫(再来年で30周年か)や Flickr Foundation のような取り組みのほうが特殊なのである。 長く保存したいなら結局「紙の本」の形にするのが最も確実ということになる。 まぁ,アクセス性を無視するなら北極に埋める手もあるが(笑)
「遺す本」ってのは出版社や作家あるいは文化政策の為政者が考えるべきことで,嗜好品・贅沢品として買うか私設図書館でも作るのなら別だが,その辺の個人がどうにかするような話ではない。
一方で「読む本」に関しては,もう「本」の体裁をとる必然性すらなくなっている。 マンガだってケータイに特化した「タテ読み」が普通になってきてるし,小説サイトには書籍未満の作品が大量に溢れているし,今や大量になった Zenn 本にもお世話になっている。 VTuber が Minecraft で同人誌を売る時代だし1(笑)
…という状況になったとき「本屋」の立ち位置や意義って何? というお気持ちで冒頭に紹介した記事に戻るわけだ。
でもほぼ全ての本屋は、出版・取次と密接に結びつき、再販制度によって維持された、日本の出版システムの一端である。そして、そのシステムはもう誰が見てもうまくいっていない。だから結果として本屋が減っている。本屋を守れというのは、言い換えれば現在の出版システムを(多少の手直しはあったとしても)守れという話に聞こえるわけで、さて、本当にそれに意義があるのか、そもそもそんなことが可能なのか。
だから、本屋活性化というのは問題の立てかたとして何重にもおかしくて、少なくとも出版システムをどう抜本的に改善するかという話をすべきだし、あるいは本屋のなくなっていく時代にどう本と出会うべきかという話をすべきだし、そもそもは人は情報とどう向き合うべきかという話をすべきである。
政治に疎い私は経産省による書店活性化なるものを初めて知ったのだが
今回の課題の整理は、地方公共団体、出版業界、そして書店に足を運び、本を購入される国民の皆様が、こうした書店をめぐる課題を認識をしていただくことで、文化の接点、ひいては国力の拠点としての書店の新規出店や事業継続に繋がることを期待しています。
また、今回、書店振興プロジェクトチームが中心となって実施したヒアリング等により、書店をめぐる課題の整理を進めていますが、パブリックコメントを通じて改めて、国民の皆様の御意見を頂いたうえで、反映していきたいと考えています。
昨年のカオスな総選挙のドサクサでそんなことしてたのか。 やりたい放題だな,経産省。
「多様なコンテンツに触れる」とか「文化創造基盤」とか考えるなら,公共図書館とか博物館とか,それこそ青空文庫みたいなサービスとか色々と考えることがあるだろ。
ぶっちゃけこれって潰れつつある(営利企業としての)「本屋」を救済してくださいって話であって,本当は「本」の文化的側面など1ミリも考えてないよね。 まぁ,経産省らしいっちゃあらしいけど(笑)
こういうピントの外れたことをねちねち捏ねくり回してるから出版社も取次も本屋も衰退してるんじゃないの?
参考文献
- 古代出雲の氏族と社会 (47) (同成社古代史選書 47)
- 武廣 亮平 (著)
- 同成社 2024-03-11
- 単行本
- 4886219454 (ASIN), 9784886219459 (EAN), 4886219454 (ISBN)
- 評価
「島根の歴史文化講座 2024」で講師をされた武廣亮平さんの著作。興味本位で買うには躊躇するお値段だし地元の県立図書館でも借りれるが,じっくり読みたいので買ってみた。著者の過去の論文を再構成した内容。記紀などの史料や過去の研究者の膨大な文献を整理した上で古代出雲についての考察を行う。
- 犬とハサミは使いよう (ファミ通文庫)
- 更伊 俊介 (著), 鍋島 テツヒロ (イラスト)
- KADOKAWA 2011-08-25 (Release 2012-09-07)
- Kindle版
- B009IMAGYQ (ASIN)
- 評価
犬になっても本を読む!
- もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来
- yomoyomo (著)
- 達人出版会 2017-12-25 (Release 2019-03-02)
- デジタル書籍
- infoshare2 (tatsu-zine.com)
- 評価
WirelessWire News 連載の書籍化。感想はこちら。祝 Kindle 化!
reviewed by Spiegel on 2018-12-31
- ブック・ウォーズ――デジタル革命と本の未来
- ジョン・B・トンプソン (著), 久保美代子 (翻訳)
- みすず書房 2025-01-27 (Release 2025-01-27)
- Kindle版
- B0DTK2DNXF (ASIN)
-
そもそも日本の「同人市場」という特殊商慣行自体が日本の出版システムが壊れていることの傍証だよな。「VTuber が Minecraft で同人誌を売る話」を見て「そもそも同人活動ってこういうノリだったよなぁ」と遥か昔の学生時代を思い出していた。 ↩︎