「好奇心に好奇心」を読む

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先日の記事「日経サイエンス」2025年6月号の特集記事の感想をちょろんと書いたけど,今回はもう少し掘り下げた読書感想文という感じで。

今回紹介する特集「好奇心に好奇心」は以下の2つの解説記事で構成されている。

前者が導入っぽい内容で,後者はより具体的な事例を含めた内容になっている。 特に後者はロボットに「好奇心」を組み込んだらどうなるか? みたいな実験も紹介されていて面白い。 この読書感想文としては前者の記事を中心にお送りする。

「好奇心」の定義

「好奇心」が科学的テーマとして注目されるようになったのはそんなに昔のことではないそうで,たとえば定義についても結構難しいようだ。 たとえば

行動経済学者のレーベンシュタイン(George Loewenstein)は1994年,好奇心は情報の欠落部を埋める必要性から生まれるという仮設を立てた。

みたいな感じに,好奇心は内面的な欲求やそれを満たす行動など複数の側面が絡み合って構成されているらしい。

外発的動機づけと内発的動機づけ

学習のモチベーションになっているもので有名なのは「強化学習」の考え方だろう。

強化学習は現在の AI とも関係する一種の学習アルゴリズムだ。あらかじめ報酬が設定されていて,その報酬が最大となるようにプログラムが動くことで学習が実現する。

こうした仕組みを「外発的動機づけ」と呼ぶらしい。 これに対し

たとえば米国の心理学者ホワイト(Robert W. White)は1959年の論文で,金銭や物品といった外界から与えられる報酬によらず,自己の内側から生まれるモチベーションが存在することを説いた。こうしたモチベーションは「内発的動機づけ」と呼ばれる。「それをやることが楽しいからやる」というのが内発的動機づけであり,これは好奇心とも関係の深い心の働きだ。

この「内発的動機づけ」を脳科学からアプローチしていくのが「好奇心に好奇心」のあらすじのようだ。 例として「アンダーマイニング効果1」が働くときの脳の動きを調べた実験などが紹介されている。

接近目標と回避目標

本人がやる気を感じているときに,その動機付けに関して2つの方向性があり「接近目標」と「回避目標」と呼ばれているらしい。

ダイエットで例えれば,理想の体型を手に入れようとするのが接近目標,医者に生活習慣病の危険性を指摘されて減量するのが回避目標といったところだ。

[…]

接近目標では強くポジティブな感情を,回避目標では強い不安や失望を感じた被験者が多かった。

私は心臓リハビリをサイクリングという遊びに置き換えているので,このたとえは分かりやすいと思った。 遊びと好奇心は深い関係があるし。

そういえば『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』に

年齢に関わらず、遊びは私たちの精神を鋭敏に保つために重要です。 […] 遊ぶことは学ぶことです。

と書かれていたが,至言だと思う。

集団的好奇心

好奇心はひとりでは完結しない。 人は想像を絶するものは想像できない。

好奇心は常に外界の環境の制約を受けている。その環境とは,具体的には言語のことだ。

私たちは言語というか言葉によって知識と理解を共有している。 言葉によって得られた知識と理解はさらに好奇心を刺激する。

言語はいわば私たちが生きる世界の地図だ。地図を描くと,その周縁部には必ず未探索の領域が浮かび上がる。私たちは言語を持っているが故に,未探索の領域に気づき,そこに好奇心をかき立てられるのだ。

この辺は従来の AI と人間との違いだろう。 少し前の AlphaGo などが分かりやすいと思うが,あらかじめ与えられたルールや知識の領域内探索は機械のほうが得意だが,私たちの「世界」は自ら(言葉を介して)拡張され,そのたびに未探索領域も拡張されていく。

現在の大規模言語モデルのように広範な言語情報を獲得したAIは,すでに世界の地図を手にしたAIだ。こうしたAIに好奇心を持たせることができれば,言語情報の空白域に対してAIに自ら「この領域をもっと探索してみよう」という判断をさせることができるようになる。

こんな感じに AI に好奇心を持たせ「知りたがる AI」が登場すれば,いよいよ「知性を持った機械」への道が開けるかもね。 そのためには機械と人類社会との関係(あるいは機械と機械との関係)が重要になってくるわけだけど。

子どもの好奇心,年寄りの好奇心

人の好奇心は年代によって方向性が違うらしい。

ロンドン科学博物館を訪れた12歳から79歳までの500人近くに対して行った情報探索行動を調べた研究では,若い人は幅広く情報を求めるが,年配の人たちは狭いながらも深く情報を求め,少ないテーマについて多く知りたがることがわかった。「年配の人は多くの知識を持っており,知識は好奇心の原動力となる」と村山は言う。

500人のサンプル数は少ない気もするが,傾向としては分かるかな。 少なくとも歳をとって好奇心が枯れたわけではなくて方向性が変わったとするなら,遊び方を変えることで好奇心が刺激されることがあるかもしれない。

だから今,自分はモチベーションが低いなどと悩む必要はない。私たちはすでに,モチベーションを高め,何かに熱中する用意ができている。前向きになって偶然に身を任せよう。

参考図書

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日経サイエンス2025年6月号 [雑誌]
日経サイエンス (編集)
日経サイエンス 2025-04-25 (Release 2025-04-25)
Kindle版
B0F64YN7KQ (ASIN)
評価     

2025年6月号の特集は「好奇心に好奇心」。他には「1秒の定義を変える 原子時計のいま」「仲間はずれを作らない教室」など。固定レイアウトなのでブラウザで読める。

reviewed by Spiegel on 2025-05-05 (powered by PA-APIv5)

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はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学 脳のはたらきとユーザー体験(UX)
セリア ホデント (著), 山根 信二 (監修), 成田 啓行 (翻訳)
福村出版 2022-12-13
単行本(ソフトカバー)
4571210450 (ASIN), 9784571210457 (EAN), 4571210450 (ISBN)
評価     

デジタル版が出そうもないので,諦めて紙の本を購入。ゲームデザイナやゲームエンジニアだけでなく,ソフトウェア・エンジニアは全員読むべき。あと,ゲーマーな人も読むといいよ。感想はこちら

reviewed by Spiegel on 2023-04-09 (powered by PA-APIv5)


  1. アンダーマイニング効果とは「本人が楽しいと感じて内発的動機づけが働いているときに金銭などの外敵報酬を与えると,内発的動機づけがそれて「楽しくない」と感じてしまう現象」を指すらしい。まぁ「外的報酬」を与えられたら目的が変わってしまうしな。 ↩︎