それは「AI」ではなく「サービスとしての AI」の問題
今回も Bluesky の自 TL で見かけた記事をネタにしてみる。
どうにも「AI」という語が指し示すものが拡散もしくは発散してるんじゃないだろうか。
このブログでは何度も言っているが,生成 AI が齎したものは「翻案の大量生産」である。 かつて「複製の大量生産」を可能にしたコピー機が著作権システムに大きな影響を与えたように「翻案の大量生産」を行う生成 AI が著作権システムに大きな影響を与えるのは間違いない。 故に,社会の中で生成 AI をどのように位置づけるかを議論することには意味があると思う。
しかし
しかし、経済構造は道徳的に間違っている…AIが創造性を偽るために使っている人間の労力は認められていない。作家たちは報酬を受け取っていない。
というのは,何か根本的な勘違いをしているような気がする。
そもそも著作権を含む知財権が保護(=独占)するのは「表現」であったり「アイデア」であったり「意匠」であったりするもので,考えた人・作った人の「労力」を保障するものではない。 しかもその法設計は市場原理に根ざしたもので倫理だの道徳だのといったものではないのだ。
だいたいやね,「表現」や「アイデア」や「意匠」といったものを誰かが独占することを(権利として)許すのは「道徳的」なのか?
生成 AI の機能は凄いと思うけど,それでもまだ「自律機械」には至っていない。
自立とは、仮想代理人ソフトウェアであるところのエージェントが自ら動き、誰の力も借りずに意思決定できることを言う。 [...] 一方、自律というのは哲学的な意味であり、自らが行動する際の基準と目的を明確を持ち、自ら規範を作り出すことができることをいう。
つまり生成 AI 自身が,自身の倫理・道徳観念に基づいて,行動しているわけではなく,言ってみれば人の「認知」の仕組みを模倣して(インプットに対する)アウトプットを生成しているだけのことである(それが凄いんだけど)。 「認知」のベースとなっている記憶(データ)やアルゴリズムは,あらかじめ人間が設定・チューニングしたものであり,その「アウトプット」がどれだけ人間臭かろうと,やってることは従来の機械と変わらないのである。
少なくとも今世紀に入ってからの AI に対する要求は「クラウド」という名の巨大な情報ダムを如何にして効率的に処理するかということだ。 そして,生成 AI の登場で画期的なことは,機能もさることながら(クラウドを背景にして)それを「サービス」として一般に提供したことである。
これで生成 AI は従来の XaaS と同じ問題を抱えることになった。 つまり Web 2.0 の SaaS から始まる「サービスとしての○○」は基本的に搾取の構造で成り立っているものであり,生成 AI のサービスも例外ではないということだ。
これをどうにかしたいなら,私達ユーザがサービスの主導権を握らなければならない。 サービスの非中央集権化もそうだし,ユーザ間の繋がりなどの「文脈」を含めた情報に可搬性を持たせることもそうだろう。 今の AI に引き付けるなら AI アシスタントを CRM ではなく VRM (Vendor Relationship Manager) として構成する必要がある。
AI 技術を VRM の道具として使える 4th party が現れれば「サービスとしての AI」の問題を解決する糸口になるかも知れない。
ブックマーク
参考図書
- はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学 脳のはたらきとユーザー体験(UX)
- セリア ホデント (著), 山根 信二 (監修), 成田 啓行 (翻訳)
- 福村出版 2022-12-13
- 単行本(ソフトカバー)
- 4571210450 (ASIN), 9784571210457 (EAN), 4571210450 (ISBN)
- 評価
デジタル版が出そうもないので,諦めて紙の本を購入。ゲームデザイナやゲームエンジニアだけでなく,ソフトウェア・エンジニアは全員読むべき。あと,ゲーマーな人も読むといいよ。感想はこちら。
- そろそろ、人工知能の真実を話そう (早川書房)
- ジャン=ガブリエル ガナシア (著), 小林 重裕・他 (翻訳), 伊藤 直子 (監修)
- 早川書房 2017-05-25 (Release 2017-05-31)
- Kindle版
- B071FHBGW8 (ASIN)
- 評価
シンギュラリティは起きない。
- インテンション・エコノミー~顧客が支配する経済
- Doc Searls (著), 栗原潔 (翻訳)
- 翔泳社 2013-03-14 (Release 2013-06-20)
- Kindle版
- B00DIM6BE6 (ASIN)
- 評価
時代はソーシャル CRM から VRM へ。俺達がインターネットだ! 感想文はこちら。
- 〈反〉知的独占 ―特許と著作権の経済学
- ミケーレ・ボルドリン (著), デイヴィッド・K・レヴァイン (著), 山形浩生 (翻訳), 守岡桜 (翻訳)
- NTT出版 2010-10-22
- 単行本
- 4757122349 (ASIN), 9784757122345 (EAN), 4757122349 (ISBN)
- 評価
「知的財産権は、人類進歩を阻害する!」(帯文より)
- 著作権2.0 ウェブ時代の文化発展をめざして (NTT出版ライブラリー―レゾナント)
- 名和 小太郎 (著)
- NTT出版 2010-06-24
- 単行本(ソフトカバー)
- 4757102852 (ASIN), 9784757102859 (EAN), 4757102852 (ISBN)
- 評価
名著です。今すぐ買うべきです。
- 万物理論 (創元SF文庫)
- グレッグ・イーガン (著), 山岸 真 (翻訳)
- 東京創元社 2004-10-28
- 文庫
- 4488711022 (ASIN), 9784488711023 (EAN), 4488711022 (ISBN)
- 評価
グレッグ・イーガンの名作。これも singularity を巡る物語だな。