『にぎやかな未来』を読む(夏の読書感想文)

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(この記事はネタバレを含みます。あしからずご了承のほどを)

#書庫らでん」の2025年7,8月の推薦図書に筒井康隆さんの『にぎやかな未来』が挙げられていて懐かしくなった。

発行年が2016年とあって???となったが,どうやら今世の中に出ているのは新版の方らしい。 筒井康隆さんの作品は(知り合いから貰ったものも含めて)ひととおり持っていたのだが,引っ越しの際に全部処分したのだった。 というわけで Kindle 版を買い直して,ついでに読書感想文を書いてみることにした。

夏と言えば「夏休みの読書感想文」であろう。 前にもちょろんと書いたが,私は小学生の頃に学習参考書の感想文を提出して,うっかり市のコンクールで優良賞をもらった実績のある人間である。 まともな感想なんか書かないんだからね。

読書は経験で読むものである。 特に物語は「誤読してナンボ」だと思っている。 これが論文や参考書や仕様書・設計書の類なら書き手から読み手に過不足なく意図が伝わることが重要だが(そして往々にして伝わらない1),物語に関しては,書き手がそれをどういうつもりで書いたのかなど余計な情報である。 書かれた時代の社会背景は考慮すべきと思うけど。 思い込みで焚書するバカとかいるし。

個人的に物語を読む際の評価ポイントは,読み手から見て sense of wonder があるかどうかだと思っている。 もっと簡単に言うと,それを読んで想像や好奇心を掻き立てられるかどうか,である。 でもそれって人によって感じるポイントが異なるよね。 だから「読書は経験で読む」のである。

というわけで,そろそろ本編に入っていいかな。 ブラウザ表示もスクロールされていることだろう(笑)


実は私が最初に読んだ筒井康隆作品は「火田七瀬」シリーズ2 で,今回の『にぎやかな未来』は割と後になって読んだ作品である。

「火田七瀬」シリーズは主人公が相手の心を読める超能力者という設定で,かなり波乱万丈な人生が描かれている。 ちなみに「家族八景」と「七瀬ふたたび」はドラマ化されている。 もっと言うと,日本では1970年代から1980年代にかけて超能力ブームが吹き荒れる3。 テレビの深夜ワイドショウに「ユリ・ゲラー」が出演したのが1970年代かな(スプーンを曲げるやつ)。 超能力ブームはオカルトはもちろん SF 作品にも大きな影響を及ぼす。 そのひとつが「火田七瀬」シリーズってわけ。

にぎやかな未来』は1960年代4 に発表された超短編小説いわゆる「ショートショート5」を収録したものだが(ジャンル? はごちゃまぜ),最初に収録されているのが「超能力」という作品。 ブームの前だよ。 SF で超能力ものというと異能力で無双する話が多いが,「火田七瀬」シリーズにしろ『にぎやかな未来』の「超能力」にしろ,無双とは程遠く,狂気に満ちた内容になっている。

筒井康隆作品はどれも狂気に満ちている6。 でもそれはオカルト的な狂気ではなく,海外のディストピア小説のような絶望の果ての狂気でもなく,星新一さんの「解説」に曰く「悲劇的な喜劇」というやつだろうか。

狂気へのあこがれと、まじめな努力、この二つの要素が複合し、筒井康隆の宇宙が成立している。

日本の高度成長期が1950年代後半から1970年代前半までと言われ,いわば希望に満ちた時代7 に『にぎやかな未来』に収録されているような作品群が出てくるというのは流石としか言いようがない。 当時は非常に刺激的なお話に夢中になったものだが,今回改めて読み返したら「そうそう。筒井康隆作品ってこういう感じだったよなぁ」という青春時代を懐かしむ感想になってしまった(笑)

最後に収録されている「にぎやかな未来」とか現在視点で見れば「にぎやかな」インターネットを強烈に皮肉ってる作品に見えてしまう8。 こういうのって当時の作家さん達に先見の明があったのか。 それとも時代や文明が進んでも根本的なところは変わってないと言うべきか。

あと,20世紀中頃と現在では倫理・道徳観念がかなり変質している。 特に現代日本人は1990年〜2000年あたりの性モラル崩壊時代を経て貞操観念等が変わっている。 その辺を踏まえて読まないとイマイチ面白さが分からない部分もあると思う。

読み返してて気がついたのだが,全ての作品(41篇)にオチが付いてるんだよな。

ショートショートのスタイルは Web 小説と相性がいい。 ショートショートは「引き算の美学」なので好んで読むのだが(引き算の上手いショートショートは面白い), Web 小説のショートショートってオチがない作品も割とあるんだよな。 そういや,あの三文字言葉の語源のひとつである「オチなし」な作品が台頭し始めるのって1980年代に入ってからだっけ? オチなし作品は脳内で消化不良を起こすので濫用するものではないと思うが,オチがない作品がないというのも(むしろ)新鮮な感じがする。

というわけで『にぎやかな未来』の感想でした。 オチはない。 これでこっぽし。

参考図書

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にぎやかな未来 (角川文庫)
筒井 康隆 (著)
KADOKAWA 2016-06-18 (Release 2016-06-18)
Kindle版
B01H13QEAI (ASIN)
評価     

書庫らでん」の2025年7,8月の推薦図書に挙がってて懐かしくなり衝動買いした。「2016年」とあって悩んだが,どうも新版らしい。中身を見たら1972年発刊の文庫本と同じ内容っぽい。

reviewed by Spiegel on 2025-07-12 (powered by PA-APIv5)

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ノックバック
糸魚川鋼二 (著)
Kindle版
B0BR41KK33 (ASIN)

書庫らでん」の2025年7,8月の推薦図書。全3巻。デジタル版のみの自己出版らしい。カクヨムでも読める

reviewed by Spiegel on 2025-07-18 (powered by PA-APIv5)

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国宝上青春篇 (朝日文庫)
吉田 修一 (著)
朝日新聞出版 2021-09-07 (Release 2021-09-07)
Kindle版
B09FDC3MVH (ASIN)

書庫らでん」の2025年7,8月の推薦図書。映画「国宝」の原作作品らしい。松江では上映しない模様。

reviewed by Spiegel on 2025-07-18 (powered by PA-APIv5)

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国宝下花道篇 (朝日文庫)
吉田 修一 (著)
朝日新聞出版 2021-09-07 (Release 2021-09-07)
Kindle版
B09FDL8DN4 (ASIN)

書庫らでん」の2025年7,8月の推薦図書。映画「国宝」の原作作品らしい。松江では上映しない模様。

reviewed by Spiegel on 2025-07-18 (powered by PA-APIv5)

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性表現規制の文化史
白田 秀彰 (著)
亜紀書房 2017-07-20 (Release 2017-07-20)
単行本(ソフトカバー)
4750515183 (ASIN), 9784750515182 (EAN), 4750515183 (ISBN)

しまった!積ん読状態のまま引っ越しのドサクサで処分しちゃってるよ。読み直さないと。図書館に置いてないかな。

reviewed by Spiegel on 2017-10-13 (powered by PA-APIv5)

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アポカリプスホテルぷすぷす (バンブーコミックス)
竹本泉 (著), ホテル銀河楼 管理部 (企画・原案)
竹書房 2025-07-07 (Release 2025-07-07)
コミック
4801986919 (ASIN), 9784801986916 (EAN), 4801986919 (ISBN)
評価     

アニメ「アポカリプスホテル」のキャラクタ原案を担当した竹本泉さんによる公式コミカライズ? でも内容はいつもの感じ。ちなみに電子版はカラーのあとがきが追加されている。両方買わないと。いやぁ,竹本泉さんが関わってホンマにアニメになったんだねぇ(笑)

reviewed by Spiegel on 2025-07-07 (powered by PA-APIv5)

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ミッドサマーシトラス
ReGLOSS (メインアーティスト)
cover corp. 2025-07-11 (Release 2025-07-11)
MP3 ダウンロード
B0FGXSM5LL (ASIN)
評価     

青くんがおる! MV を見て衝動買い。 mora で高解像度版が買える。夏の歌というか(あの頃の)夏を振り返る歌って感じだろうか。よき!

reviewed by Spiegel on 2025-07-12 (powered by PA-APIv5)


  1. 近年,技術参考書の翻訳で有名な柴田芳樹さん主催の読書会に参加しているが,書き手の方に内容について細かいフォローや裏話などを聞けるのはホンマにありがたい。 ↩︎

  2. 「家族八景(1972)」「七瀬ふたたび(1975)」「エディプスの恋人(1977)」の三部作。 NHK ドラマを見たのがきっかけだったかな。たぶん初めて読んだ日本人作家による SF 小説(児童文学は除く)。「エディプスの恋人」は SF とは言えないかもだけど。 SF は海外作家の作品ばっか読んでたからなぁ。 ↩︎

  3. トドメとなったのが1980年代末に台頭する某カルト宗教で,連中が起こした一連のテロ事件以降「超能力」をマジで語る人はいなくなった気がする。ネタとしては今なお健在だけど。 GQuuuuuuX とか。大昔は「ニュータイプ」をマジで語るやつがいたのよ(笑) ↩︎

  4. 収録されている「吾輩の執念」という作品にアパートの家賃が三千円と書かれていて時代を感じさせる。そういや,うちの親父殿がマイホームを建てたときのローンが当時月々数千円とか言ってたなぁ。私が幼い頃に百貨店で食べたラーメンが200円で「高っ!」と思った思い出がある。あのとき200円あったらプラモデルが何個買えたか! ↩︎

  5. 日本の SF でショートショートといえば星新一さんが有名。『にぎやかな未来』は1968年に出版されたそうだが,その後1972年(大阪万博の2年後)に角川文庫から出し直されている。私が読んだのは後者。『にぎやかな未来』は国語の教科書にも載ったらしい。どうやって授業を構成するんだ? ↩︎

  6. 筒井康隆さんの特に初期の作品はナンセンス文学と捉えられることがある。一方『にぎやかな未来』に収録されている「地下鉄の笑い」は「ナンセンス」をメタに嘲笑う作品だったりする。「ナンセンス」はナンセンスというわけだ。個人的にはナンセンス作品と言えば赤塚不二夫さんだけど。「天才バカボン(1967-1978)」とか。あれも狂気だけど。1960年代から1970年代にかけては実験的な漫画が多かったからなぁ。 ↩︎

  7. 頑張れば報われる(と信じられた)時代。報われないのは頑張らないからだ,とされた時代。 ↩︎

  8. 未来の社会が広告塗れになるというネタは SF では昔からありがち。 ↩︎