CC Licenses における『技術的保護手段』の扱い
著作権法における「技術的保護手段」および「技術的利用制限手段」
著作権法第2条では「技術的保護手段」は以下のように定義されている。 (あまりに長ったらしい文なので一部端折っている)
なげーよ(笑) 要するに「著作物等1」を何らかの形で変換し,特定の手段を用いなければ復元できないような方式を指す。
著作権法では「私的使用のための複製(第30条)」を「著作権の制限」として認めているが
を「私的使用のための複製」から除外した。
更に2018年の著作権法改正では新たに「技術的利用制限手段」の定義が追加された。
「技術的保護手段」と「技術的利用制限手段」はよく似ているが「技術的保護手段」がコピー・コントロール寄りであるのに対し「技術的利用制限手段」は明確にアクセス・コントロールである(複製を要件としない)点が異なる。 なおこの記事では,著作権法の「技術的保護手段」と「技術的利用制限手段」を一絡げに『技術的保護手段』と呼ぶことにする。
著作権法では『技術的保護手段』の回避,あるいは回避を行う装置やプログラムの公開等を禁止している(第120条)。 次節で『技術的保護手段』の回避についてもう少し詳しく述べていこう。
『技術的保護手段』の回避
『技術的保護手段』における「変換」や「復元」には,通常は暗号技術が用いられる。 ぶっちゃけて言うなら『技術的保護手段』とは「著作物等を暗号化する手段」と思っていただいて構わない。
具体的には,「著作物等」を変換(暗号化)するのは著作(権)者またはコンテンツ・ホルダ(contents holder)で,彼等が許可した(つまり正規ルートでコンテンツを購入した)ユーザのみが専用の再生装置またはプログラムを使って著作物等を復元(復号)し使用できる,という仕組みだ。
この仕組みの問題のひとつはユーザは「著作物等」の「利用」のみならず「公正な利用(fair use)」や「著作権の制限」更には(著作権の範囲外である)「使用」まで制限してしまうことである。
たとえば DVD や BD は対応する再生装置でなければ再生(つまり復元して使用)することができないが,市場から再生装置が無くなれば DVD や BD などベランダに吊るしてカラス除けにするくらいにしか役に立たない(実際そうやって消えていく機器は山ほどある)。
もっと深刻な問題がある。 いささか逆説的かもしれないが。
先ほど述べたように『技術的保護手段』には暗号技術が用いられる。 ユーザが「著作物等」を復元(復号)するためには復号鍵が必要だが,実際には鍵の生成方法が杜撰だったり(特にスタンドアロンの再生装置では)鍵の配送手段が貧弱または存在しないことが多い。 したがって再生装置にある復号鍵を全て解読すればその鍵情報を使って再生装置なしでも「著作物等」を復元できることになる(実際にはこんなに簡単ではないが)。 こういった行為を『技術的保護手段』の「回避」と呼ぶ。
『技術的保護手段』の回避は(仕様や実装によるが)技術的にものすごく難しいというわけではない。 しかも『技術的保護手段』の回避は非常にカジュアルな動機で行われる。 何故なら,上述したように『技術的保護手段』は「「公正な利用」や「著作権の制限」更には「使用」まで制限してしまう」からだ。
たしかに多くのユーザはこれを律儀に守って無理に『技術的保護手段』の回避を行うことはないだろうが,一部の悪質なユーザには(罰則を強めにしたところで)抑止効果はない。 一方で『技術的保護手段』の仕様や実装に欠陥があったとしても,これを報告する動機は抑止される。 結局「正直者が馬鹿を見る」ことになるのだ。
CC Licenses による技術的保護手段回避の許諾
CC Licenses では技術的保護手段を以下のように定義している。
簡単に書かれてるが,これは著作権法の『技術的保護手段』と概ね同じと思ってよい。 その上で,利用条件に従う限り,技術的保護手段の回避を許諾している。
さらに CC Licenses では技術的保護手段の回避を翻案と見なさないことで「改変禁止 」条件でも技術的保護手段の回避を許諾している。
またこれとは別に,下流側(downstream)へ再配布を行う場合は技術的保護手段を適用してはならないともある。
CC Licenses 下のマテリアルを再配布する場合には注意が必要である2。
その他,雑多なこと
「技術的保護手段回避の許諾」に至る経緯
何度も言うように技術的保護手段には「「公正な利用」や「著作権の制限」更には「使用」まで制限してしまう」問題があり,さらに言えば CC Licenses で許諾している利用も阻まれてしまうため Creative Commons としてはこれを看過するわけにはいかなかった。 しかし CC Licenses v2.x までは技術的保護手段について消極的な文言しかなかった。
CC Licenses v3 作成時には「もっと強い文言にすべきではないか」という意見もあったが,結局は
というレベルにとどまったようである(v4 の「ダウンストリーム(下流側)の受領者」の文言とほぼ同じ)。
これが v4 では利用者側の技術的保護手段回避を許諾するという形で更に踏み込んでいる3。 「技術的保護手段の回避」は著作(権)者によって許諾できる,というのがポイントだろう。 「技術的保護手段の回避」は複製権(著作権法 第21条)の侵害と見なしうるので,「技術的保護手段の回避」を含めて複製を( CC Licenses が要求する条件下で)認めてしまえばいいのである。
DRM の変遷
これまで述べてきたように,いわゆる技術的保護手段が技術的に不十分でユーザの使用を不当に制限するものであることは明らかである。 これはコンテンツ・ホルダの側も認識しているようで, DRM (Digital Rights Management) の形も変わってきた。
ひとつは定額制のストリーミング・サービスの台頭である。 ストリーミング・サービスの利点は,コンテンツ・ホルダもユーザも「違法コピー」を考えなくていいことである。 ユーザはその場でコンテンツを「消費」するだけ。 定額制で何時でも何度でも見れるなら「コピっておく」必要がない。
欠点はコンテンツ・ホルダやサービス・プロバイダの力が大きくなりすぎることで,両者が癒着するとかなり酷いことになる。 実際,ストリーミング・サービスでの売り上げがクリエイターやアーティストに公平に分配されないなどの話もチラホラある。
もうひとつは DRM が「監視型」に移行したことである。 「電子透かし」や「電子指紋」を使ってネット上に流通するコンテンツを比較的容易に監視できるようになった。 これがうまく機能すれば一般ユーザのネット上での活動を妨げることなく悪質なものだけを排除することができる。
しかし,一方でこれもコンテンツ・ホルダやサービス・プロバイダの力が大きくなりすぎる傾向がある。 コンテンツ・ホルダやサービス・プロバイダはボットなどを使って機械的に監視と排除を行うが,判断を間違えたり「公正な利用」まで排除される例があるようだ。
このような感じで技術的保護手段が時代遅れになる一方で新しい形の DRM に対する問題も出てきている。 DRM についてはこれからも注視していく必要がある。
不正競争防止法における「技術的制限手段」
日本では著作権法のみならず不正競争防止法でも「技術的制限手段」を定義してアクセス・コントロールを規制している。
もともと,不正競争防止法の「技術的制限手段」は DVD の CSS (Content Scramble System) や BD の AACS (Advanced Access Content System) 等を指したもので,著作権法と同じく WCT4 を受けて盛り込まれたものである。 更に近年では地上波デジタル放送の B-CAS 迂回やマジコン騒動などを受けて規制が強化された経緯がある5。
つまり日本ではマテリアルへのアクセスは著作権法と不正競争防止法により二重に規制されている。 たとえば,マテリアルの著作(権)者が CC Licenses によって技術的保護手段回避を許諾しているとしても不正競争防止法のほうで回避を禁止されるかも知れないわけだ。
こうしたリスクを避けるためにも CC Licenses 下にあるマテリアルを『技術的保護手段』で縛ることのないよう許諾者側が留意する必要があるだろう。
参考になる(かもしれない) Web ページ
-
Problem on anti-circumvention provision in Copyright protection プロテクト破り規制法案の問題点
-
テイラー効果広がる―プリンスもストリーミング条件に反発してSpotify他から楽曲を引き上げ | TechCrunch Japan
-
「フェアユースでも使用料を払え」というソニーミュージックの横暴と、それを許すYouTubeのコンテンツID – P2Pとかその辺のお話R
-
Copyright Filtering Mechanisms Don’t (and can’t) Respect Fair Use - Creative Commons
-
著作権法第2条でいう「著作物、実演、レコード、放送又は有線放送」を指す。ちなみに CC Licenses では同様のものを「マテリアル(material)」と定義している。これについては「Creative Commons Licenses」を参照のこと。 ↩︎
-
CC Licenses ではライセンスの再許諾(sublicense)を許可していない。詳しくは「Creative Commons Licenses」を参照のこと。 ↩︎
-
この辺の経緯について書かれているまとまった文書が見つからないのだが,おそらく他の「自由なライセンス」との互換性を考えた結果ではないかと推測する。 ↩︎
-
WIPO 著作権条約(WIPO Copyright Treaty)のこと。 ↩︎
-
2018年も「技術的制限手段」に関して不正競争防止法の改正が行われている。 ↩︎