今こそ「グリゴリの捕縛」を読め! または遍在する草薙素子
(なんか Twitter で呼ばれたようなので)
久しぶりの ced さんの文章だ。
折角なので私も何か書いてみる。 オチはないです。 駄文ですみません。
今こそ「グリゴリの捕縛」を読め!
いやぁ,久しぶりに白田秀彰さん1 の「グリゴリの捕縛」を読んだですよ。 青空文庫に登録されているとは気づかなかったです。 ついでに MOBI 版も Kindle に入れてしまいました。 Amazon Drive の “send-to-kindle” フォルダにぶち込めば楽々♪
15年以上経った今読んでも十分通用する内容。 総選挙期間中のこの時期に読んだのはよかった。 初心にかえった気分だよ。 用語や歴史イベントについても中学・高校の子なら分かるんじゃないかな。 つか18歳から選挙権がもらえる(あるいはもらえた)高校生には一般知識として是非読んでほしい。
内容は 怪獣大決戦 おっと憲法(基本法)についてのお話。
古代社会 → 中世社会 → 近代社会 → 現代社会 と順を追って法と慣習そして力(power)との関係について解説し,その中で憲法(基本法)がどのように望まれ実装されていったか指摘してる。 その後,現代社会の次のパラダイム(paradigm; つまり現在と未来)に顕現する「情報力」と社会との関係に言及していくわけだ。
注意すべきなのは1点だけ。 この論文が2001年に書かれたものだということ。 ちょうど 9.11 が起きた年。 当然ながら「9.11 以後」については言及がない。 「9.11 以後」の国際政治および軍事の風景はガラッと変わった。 近代先進国と新興国以外の第3国も核を持てるに至り,核による抑止力が緩みつつある。 中東を中心とした地域はまた100年前を繰り返そうとしている。
でも「9.11 以後」を盛り込んだとしても論旨は殆ど変わらないと思う。 改憲云々の議論が盛んだが,まずはこれを読んで,これから先の未来における power balance をどう設計していくのか考えていけばいいと思う。
あー。 アニメの「絶対防衛レヴィアタン」が観たくなった。
ちなみに今回はアウトライン・エディタ Dynalist を使ってメモをとりながら読んだ。 こういう用途なら使えるな。 先に目次をざざーっと攫っていって,それに(読んで気がついたこととかの)メモを追記していく感じ。 余計な DRM とかないからこそ,こういうことができるのですよ。
遍在する草薙素子
さて,それを踏まえて,改めまして。
スマートな機械は「後悔」するか
この話に出てくる人工知能「A」は私がよく言う「スマートな機械」である。
「A」は診断の結果、「Aは他者とのコミュニケーションを行う手段を持たない」ことが判明する。「A」は他者という存在を理解することができない。これは重大な問題を発生させる。
これは異なる人という意味での、つまり物理的に別の身体を持つ他人とのコミュニケーションができないだけではなく、今現在の自分以外の過去の自分という他人ともコミュニケーションができないことを意味する。 [...] 「A」には、いつもリアルタイムの、最新の自分しかいない。
たとえば「トロッコ問題」というのがある。
トロッコ問題とは、線路を走るトロッコが制御不能で止まれなくなり、そのまま走ると線路の先の5人の作業員を轢いてしまうが、線路の分岐点で進路を変えると、その先の1人の作業員を轢いてしまうとき、進路を変えることが正しいか否か、といった思考実験だ。
トロッコ問題のポイントは,どちらを選択するのが正しいかではなく,「人間はどちらを選んでも後悔する」ということだ。 でも「A」は「トロッコ問題」に後悔することはない。 どちらを選ぶにせよ,その時の判断と判断に至るアルゴリズムが全てだから。
もし「A」がこの時の記録を記した「本」を発見し,同じ状況をシミュレーションした上で当時とは異なる判断に至った場合,はたしてスマートな機械「A」は「後悔」するのだろうか。 もし後悔するのであれば「A」は,少なくとも自らの時間軸において,「自己」を獲得したと言える。
「ヒトは誰かがいてはじめて自分を証明できる」(By “BOOM TOWN”)
人工知能「B」は哲学者が言うところの「強い人工知能」である2。
「B」には日本国籍と住民票が紐づけられ、人間と同様に所有権を持ち、納税の義務がある。 [...] この観点では、「個人」としての「B」は国家があるから定義されるのであって、国家の先に(a prioriに)「個人」があるわけではない。
ところで,動物愛護家が近年よく使うキーワードに “non-human person” というのがある。 すなわち,特定の動物も「(人間ではない)人」とみなして一定の「人権」を付与すべき,という考え方である。 しかもこの言葉,政治的に効果を上げているのだ。
実はこれと似たような話で機械(=人工知能?)も人のように見なすべきという議論がある。
もちろんこれは「動物愛護精神」を機械にまで適用しようとかいう与太話ではない。 機械が人の社会に(たとえば失業者が増えるような)インパクトを与えるのなら,機械にも「権利と義務」を負わせるべきだ,という主張である3。
機械が単なる「道具」としての領分(domain)を超えようとするとき,社会はそれを「道具」に押しとどめようとするのか。 それとも「個人」として遇するのか。 いずれにしろ「シンギュラリティの神話」が夢想する「強い人工知能」は(仮に実現するとしても)技術要件を満たせば自然発生するというわけではなく,あくまでも社会との関係の中で「構築」されていくものだ,ということだろう。
N人の草薙素子
義体①に紐づくゴースト①が、米国では義体②に紐づくゴースト①だった場合、草薙素子は1人の場合と、2人の場合がある。草薙素子の主観上では、草薙素子は1人となる。日本とアメリカの国家が、国民の管理用に、義体側に対してユニークなIDを振るなら、草薙素子は2人になるが、国際条約を結び、IDをゴーストの側に振ることができれば、日本とアメリカの国家にとっても、草薙素子は1人となる。では、米国にいるゴーストが②だった場合は?
これって寧ろタチコマ(フチコマ)を連想してしまうのだが(笑)

タチコマは記憶をリンクし個体差がなくなるよう運用されているが,全体で統合されたひとつの人格(?)を持っているというわけではない。 まぁ,後にエージェント機能により個体差も発生するのだが。
似たような存在としては竹本泉作品に時々登場する執事ロボット「アレックス」がいる。 アレックスは外見も中身も全く同一の機体として製造され,個々を識別する製造番号もない4。 とはいえタチコマのように記憶をリンクするわけではない。 そういう意味じゃ手塚治虫さんの「ロビタ」もコピーだよな。
コピーは許可,Forkは不許可
ここ数年で最大の技術トピックは何といっても Blockchain だろう5。 Blockchain の最大の特徴は P2P (Peer-to-Peer) ネットワーク上に遍在しながらも唯一の存在であることだ。 これは Blockchain が誰の所有物でもなく誰も(国家も)制御できないことを意味する。
「グリゴリの捕縛」ではインターネットについて
インターネットは、初め国家が使うためのネットワークとして開発が開始されました。 [...] ところが、実際にインターネットを作り上げた技術者(やはり彼らも「ハッカー」と呼ばれていました)たちは、 このインターネットの構造をとても中央集権的にコントロールしにくいように設計し ました。
グリゴリの捕縛より
と記述されているが,実際にはインターネットは(「黄金時代」と呼ばれる1990年代には既に)そのような構成になっていない。 これが最悪の形で顕在化したのが「アラブの春」である。 当時,市民運動で揺れるエジプトではたった5本の電話で8000万人のインターネット・アクセスが遮断された。
もし今日のインターネットが実際にこの理論に近い状態であれば,メッシュネットワークは余計ものだったろう。だがインターネットが当初の学術目的から踏み出して現在のような誰でも使える商業サービスになってから20年以上が経つうちに,そうした蓄積伝送の原理が果たす役割は,一貫して縮小していった。
この間,ネットワークに加わる新たなノードの圧倒的多数はISPを介してネットに接続する家庭や企業のコンピューターだった。ISPの接続モデルでは,利用者のコンピューターはデータの中継はしない。それはネットワークの端末,つまりデータの送受信だけを,常にISPのコンピューターを介して行うターミナル・ノードだ。言い換えれば,インターネットの爆発的な成長はネットワーク地図に行き止まりのルートを増やしただけで,新たなルートを加えることはほとんどなかった。
そしてISPなど大量の情報ルートを持つ者は,彼らがルートを提供している何百万ものノードを支配下におくこととなった。これらのノードは,もしISPがダウンしたり,ネットから遮断されたりすると,その障害を回避する方法がない。ISPはインターネットが停止しないようにするどころか,実効上は停止スイッチになってしまった。
『日経サイエンス』2012年6月号 介入されないもうひとつのウェブより
このことへの抵抗のひとつが P2P ネットワークである。 決して(ゼロ年代に批判されたような)脱著作権を目論んで考えられたものではないのだ。
P2P ネットワークは「中央集権的ネットワーク」であるインターネットの上に実質的(virtual6)な分散ネットワークを構築する。 そして P2P ネットワークのもうひとつの特徴はネットワークの各ノードにコピーを置くことである。 コピーを置くことで障害耐性(fault tolerance)を上げているのだが,このことにより P2P ネットワーク上の「もの」の場所が無意味化された。 遍在してしまったわけだ。
遍在する草薙素子
もしn人の草薙素子が統合されたひとつの人格を持っているのなら,彼女が何処にいるかという問いは意味を成さなくなる。 それは当初インターネットを(既存の power の及ばない)分散ネットワークとして構築しようとした人たちが夢見たことだ。
遍在するということは誰にも(国家にも)所有されないということであり,言い換えれば「何処にもいない」ことと同義でもある。 国家が「個人」という概念を規定するのなら,遍在してしまった彼女は「個人」として規定できないことになる。
【追記】 レスポンスをいただきました
ced さんからレスポンスをいただきました。
ありがたいやら,こんな駄文で申し訳ないやら。 多分これから「GHOST IN THE SHELL」でバトーさんが叫ぶ度に涙腺が緩むと思います(笑)
ブックマーク
参考図書
- グリゴリの捕縛
- 白田 秀彰
- 2001-11-26 (Release 2014-09-17)
- 青空文庫
- 4307 (図書カードNo.)
- 評価
白田秀彰さんの「グリゴリの捕縛」が青空文庫に収録されていた。
内容は 怪獣大決戦 おっと憲法(基本法)についてのお話。
古代社会 → 中世社会 → 近代社会 → 現代社会 と順を追って法と慣習そして力(power)との関係について解説し,その中で憲法(基本法)がどのように望まれ実装されていったか指摘してる。
その後,現代社会の次のパラダイムに顕現する「情報力」と社会との関係に言及していくわけだ。
reviewed by Spiegel on 2019-03-30 (powered by aozorahack)
- CODE VERSION 2.0
- ローレンス・レッシグ (著), 山形浩生 (翻訳)
- 翔泳社 2007-12-19 (Release 2016-03-14)
- Kindle版
- B01CYDGUV8 (ASIN)
- 評価
前著『CODE』改訂版。
- インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門 [ソフトバンク新書]
- 白田 秀彰 (著)
- ソフトバンククリエイティブ 2006-07-15
- 新書
- 4797334673 (ASIN), 9784797334678 (EAN), 4797334673 (ISBN)
- 評価
ライアカ本。 Web 2.0 真っ只中に書かれた本だが,時事的な部分を除けば古びてはいないと思う。
- インテンション・エコノミー~顧客が支配する経済
- Doc Searls (著), 栗原潔 (翻訳)
- 翔泳社 2013-03-14 (Release 2013-06-20)
- Kindle版
- B00DIM6BE6 (ASIN)
- 評価
時代はソーシャル CRM から VRM へ。俺達がインターネットだ! 感想文はこちら。
- 【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)
- 恵, 池内 (著)
- 新潮社 2016-05-27
- 単行本(ソフトカバー)
- 4106037866 (ASIN), 9784106037863 (EAN), 4106037866 (ISBN)
- 評価
欧州および中東の近代および現代を「サイクス=ピコ協定」を特異点として網羅的に解説していいる。
- そろそろ、人工知能の真実を話そう (早川書房)
- ジャン=ガブリエル ガナシア (著), 小林 重裕・他 (翻訳), 伊藤 直子 (監修)
- 早川書房 2017-05-25 (Release 2017-05-31)
- Kindle版
- B071FHBGW8 (ASIN)
- 評価
シンギュラリティは起きない。
- BOOM TOWN TRIP.30
- 内田美奈子 (著)
- Jコミックテラス 2020-11-11 (Release 2020-11-11)
- Kindle版
- B08MTK6LF3 (ASIN)
- 評価
掲載誌「コミックガンマ」が休刊になって単行本収録できなかったまるぼしまぼろしの30話。これが Kindle で読めるとはいい時代になったものです。
- てきぱきワーキン〓ラブ (5) (ビームコミックス)
- 竹本 泉 (著)
- エンターブレイン 2000-05-01
- コミック
- 4757700423 (ASIN), 9784757700420 (EAN), 4757700423 (ISBN)
- 評価
ついに(「さよパラ」にも出てきた)アレックスの謎が解ける?
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えーっと,私は(一方的なものも含めて)師事している人や業務上利害関係のある人以外で相手を「先生」呼ばわりすることはしないので悪しからず。尊敬するしないとは別ものです。 ↩︎
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「Spiegelさんへの回答。」で指摘していただいて気がついたけど,この記事では「スマートな機械」と「強い人工知能」を対置するように記述してしまっているが,哲学的には「強い人工知能」に対置されるのは「弱い人工知能(=そもそもの意味での人工知能)」となる。私が「スマートな機械」と書くのはビジネス用語としての「AI」に対する強烈な皮肉である(参考:「AIを搭載」は「全て自然」同様の技術的ナンセンスだ | TechCrunch Japan) ↩︎
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たとえば「人工知能に製造物責任を負わせるべきか」といった議論にも通じると思う。 ↩︎
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アレックスの設定は『てきぱきワーキン♥ラブ』で語られている。 ↩︎
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ここでは Bitcoin の Blockchain を想定する。 Blockchain 自体はすでに Bitcoin 固有の技術というわけではないためこの想定には無理があるが,やはり Blockchain を最大限に特徴づけている実装は Bitcoin だろうということで。 ↩︎