「技術的保護手段」と「技術的利用制限手段」
Twitter で面白いやり取りを見つけたので,前回の「年末年始に施行される改正著作権法に関する覚え書き」の中の「アクセスコントロールの回避等に関する措置」についてもう少し詳しく書いてみる。
ていうか,既に決まったことに対してどう書いても愚痴にしかならないので予め謝っておきます。 ゴメンペコン。
World Intellectual Property Organization Copyright Treaty
事の始まりは WIPO (World Intellectual Property Organization; 世界知的所有権機関) により1996年に作成(2002年に発効)された WCT (WIPO Copyright Treaty; WIPO 著作権条約) にある。 この中の11章に技術的保護手段(technological measures for the protection)の記述がある。
WCT を受けて各国または各地域で国内法が整備されていく1。
Digital Millennium Copyright Act
有名なのが米国の DMCA (Digital Millennium Copyright Act) である。 DMCA の §1201 が技術的保護手段に関する部分で,大まかに以下の3つで構成されている。
- §1201 (a) : 著作権者が技術的手段により著作物へのアクセスをコントロールすることを認める(アクセス・コントロール)
- §1201 (b) : 複製権の実効的な保護のために複製回数や複製行為自体を禁止する技術的手段を保護することを認める(コピー・コントロール)
- §1201 (c) 以降 : §1201 (a) および §1201 (b) が fair use 等の他の権利2 に影響を及ぼさないようにする
§1201 の例外規定については3年毎に見直され,近年(2010年以降?)は市場と公益のバランスをはかりつつ徐々に緩和される傾向にある。
- Rulemaking Proceedings Under Section 1201 of Title 17 | U.S. Copyright Office
- DMCA Rulemaking | Electronic Frontier Foundation
- New DMCA Exemptions | Copyright Corner
- 速報! 米著作権庁、合法利用の範囲を大幅拡大―iPhone脱獄など全6項目 | TechCrunch Japan
- デジタル著作権法が消費者に歩み寄ってきた――DMCA除外決定で今週からスマートアシスタントも脱獄できる | TechCrunch Japan
日本の著作権法における「技術的保護手段」
WCT について,日本は著作権法改正で対応している。
まず著作権法第2条にて「技術的保護手段」を以下のように定義した。
なげーよ! これでもだいぶ端折ってるのだが(笑)
要するに「著作物等」を何らかの形で変換し,特定の手段を用いなければ復元できないような方式を指す。 通常は「変換」や「復元」には暗号技術が用いられる。 ぶっちゃけて言うなら「技術的保護手段」とは「著作物等を暗号化する手段」と思っていただいて構わない。
この「技術的保護手段」について「著作権の制限」のひとつである「私的複製(第30条)」で
を除外した。
注目するポイントとしては,日本の著作権法における「技術的保護手段」は DMCA で言うところのコピー・コントロールに近いものである,ということだ。 これは私的複製から「技術的保護手段」の回避を除外したことからも分かるだろう。
日本の著作権法における「技術的利用制限手段」
今度の著作権法改正では「技術的保護手段」とは別に「技術的利用制限手段」という用語が登場する(第2条)。
この「技術的利用制限手段」に対して
と侵害(第113条)を規定し,侵害者に対し「十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」(第119条)としている。
「技術的保護手段」との違いは「著作物等の視聴を制限する手段」つまり明確なアクセス・コントロールだということである(複製を要件としない)。
「技術的保護手段」「技術的利用制限手段」の回避を行う装置・プログラムも罰則の対象になる
著作権法第120条では
に対しても「三年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」とした。
日本の不正競争防止法における「技術的制限手段」
ところで「技術的利用制限手段」の用語と定義を見て既視感がないだろうか。 そう,これって不正競争防止法の「技術的制限手段」と殆ど同じなのである。
もともと,不正競争防止法の「技術的制限手段」は DVD の CSS (Content Scramble System) や BD の AACS (Advanced Access Content System) 等を指したもので,著作権法と同じく WCT を受けて盛り込まれたものである。 更に近年では地上波デジタル放送の B-CAS 迂回やマジコン騒動などを受けて規制が強化された経緯がある3。
つまり日本では,アクセス・コントロールは著作権法と不正競争防止法で二重に規制されているのである。
自由なライセンスまたは Free Culture Licenses での取り組み
幸いなことに自由なライセンスまたは Free Culture Licenses では,技術的保護手段を禁止するか回避を禁止しないことを明言している。 こうしたライセンスで許諾していくことで技術的保護手段への対抗になっていけばいいと思う。
CC Licenses の場合
(「CC Licenses における「技術的保護手段」の扱い」より抜粋)
CC Licenses では技術的保護手段を以下のように定義している。
簡単に書かれてるが,著作権法の定義と概ね同じだと思っていい。 その上で,利用条件に従う限り,技術的保護手段の回避を許諾している。
さらに CC Licenses では技術的保護手段の回避を翻案と見なさないことで「改変禁止 」条件でも技術的保護手段の回避を許諾している。
またこれとは別に,下流側(downstream)へ再配布を行う場合は技術的保護手段を適用してはならないともある。
CC Licenses 下のマテリアルを再配布する場合には注意が必要である4。
GNU GPL v3 の場合
IPA が提供する「GNU GPL v3 解説書」には技術的保護手段の扱いについて以下のように解説されている。
自由なライセンスなので技術的保護手段を構成するコードを書いて公開するのは止められないけど,それを回避するプログラムも止められないよね,ということのようだ。 理にかなってる。
ここからは愚痴です
技術的な巧拙は別として,対象物を横取りして我が物のように利益を得る行為は市場の発展を阻害する不正である。 ここに異論は少ないと思う(中国のように市場を破壊してでも利益を得ることを優先するものもいるだろうが)。 問題は「それって著作権法で規制することか?」ってことだ。 だって不正競争防止法で規制できるぢゃん。 アクセス・コントロールは市場の問題であり,少なくとも文科省や文化庁の管轄ではない。
そもそも著作物へのアクセスは「本を読む」とか「音楽を聞く」とかと同じ「使用」である。 著作権は著作物の「利用」を規制するものだが「使用」に関しては関知しないというのが原則。 しかし WCT 以後この原則はすっかり崩れてしまった。
日本では「公益」の考え方が酷く歪んでいて,特定の企業・団体や場合によっては政治家(屋)にとっての利益にすり替えられる。 この辺は「輸入権」や「ダウンロード違法化」等いくらでも事例がある。 知的財産権以外でも,例えば “WikiLeaks” が社会問題になった際の「公益通報」に関する議論を見てもあからさまだ。
この辺は DMCA 以後も市場と公益のバランスをとろうとした米国オバマ政権とは異なる展開である。 もっともトランプ政権下でまた傾き始めたけど。
この悪癖が治らない限り,日本では真面目な議論をするだけ無駄で「まじめに規制に従っている人ほど馬鹿を見る社会」は変わらないと思う。
著作物が「コンテンツ」ではなくなった時代
21世紀に入り「著作物」の入れ物について大きく変わったことのひとつが,コンテンツ5 からメディアへのシフトだろう6。
例えば携帯端末にカメラが標準搭載されたことで写真や動画はコミュニケーションの手段となった。 SNS やチャットでのやり取りも文字のみならず映像や音声をミックスしたものになった。 ニュースやゲーム等を「実況」配信する YouTuber が登場した。 バーチャル・アイドルが登場し,最近では YouTuber もバーチャル化し始めた(笑) 他にも色々イロイロ…
あらゆる表現に著作権が発生するなら,ネット上の全てのコミュニケーションは著作物の集合であり,創造と利用(remix)の差異は曖昧になる。 その結果として何が起こったかというと「利用」が「使用」を侵食していくのだ,主に市場の圧力によって。
その起点となっているのが20世紀末の
ブックマーク
参考図書
- CODE VERSION 2.0
- ローレンス・レッシグ (著), 山形浩生 (翻訳)
- 翔泳社 2007-12-19 (Release 2016-03-14)
- Kindle版
- B01CYDGUV8 (ASIN)
- 評価
前著『CODE』改訂版。
- 著作権2.0 ウェブ時代の文化発展をめざして (NTT出版ライブラリー―レゾナント)
- 名和 小太郎 (著)
- NTT出版 2010-06-24
- 単行本(ソフトカバー)
- 4757102852 (ASIN), 9784757102859 (EAN), 4757102852 (ISBN)
- 評価
名著です。今すぐ買うべきです。
- 〈反〉知的独占 ―特許と著作権の経済学
- ミケーレ・ボルドリン (著), デイヴィッド・K・レヴァイン (著), 山形浩生 (翻訳), 守岡桜 (翻訳)
- NTT出版 2010-10-22
- 単行本
- 4757122349 (ASIN), 9784757122345 (EAN), 4757122349 (ISBN)
- 評価
「知的財産権は、人類進歩を阻害する!」(帯文より)
- インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門 [ソフトバンク新書]
- 白田 秀彰 (著)
- ソフトバンククリエイティブ 2006-07-15
- 新書
- 4797334673 (ASIN), 9784797334678 (EAN), 4797334673 (ISBN)
- 評価
ライアカ本。 Web 2.0 真っ只中に書かれた本だが,時事的な部分を除けば古びてはいないと思う。
- 日本人が知らないウィキリークス (新書y)
- 小林 恭子 (著), 白井 聡 (著), 塚越 健司 (著), 津田 大介 (著), 八田 真行 (著), 浜野 喬士 (著), 孫崎 享 (著)
- 洋泉社 2011-02-05
- 新書
- 4862486932 (ASIN), 9784862486936 (EAN), 4862486932 (ISBN), 9784862486936 (ISBN)
- 評価
WikiLeaks のインパクトと「WikiLeaks 以後」について分かりやすく解説した論説集。
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簡単に書いているが国内法の整備については
政治的な やり取りが交わされている。面倒なのでいちいち取り上げないが,日本の場合は,海外の議論を言葉じりだけ「輸入」して正論の如く見せかけたり,その時々の政局によって言わば「抱き合わせ商法」的に法律が成立したりする「ポリシー・ロンダリング」の手法が横行したため,出来の悪いパッチだらけの法律 になりがちなのが困ったものである。 ↩︎ -
§1201 (c) が fair use や言論の自由等に関するもの,§1201 (d) が図書館や教育機関に関するもの,§1201 (e) が政府関連,§1201 (f) がリバース・エンジニアリングに関するもの,§1201 (g) が暗号研究に関するもの,§1201 (h) が未成年者保護に関するもの,§1201 (i) がプライバシー関連,§1201 (j) が安全性試験に関するもの,といった感じ。 ↩︎
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2018年も「技術的制限手段」に関して不正競争防止法の改正が行われている。 ↩︎
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CC Licenses ではライセンスの再許諾(sublicense)を許可していない。詳しくは「Creative Commons Licenses」を参照のこと。 ↩︎
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入れ物というニュアンスならコンテンツではなく「コンテナ(container)」と呼ぶべきだろうけど,著作物に関しては(これまで入れ物と中身が不可分だったため)本やレコード(CD, DVD 等を含む)といった入れ物とその中身(content)をまとめてコンテンツと言うらしい。ちなみに日本の著作権法では「放送」はコンテンツの送信手段として例外的に扱われている。少なくとも日本ではネットは放送に含まれない。これは近年定着した定額制のストリーム配信でも同じである。 ↩︎
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一方でインターネットのテレビ化も急速に進んでいく。アクセス・コントロールはインターネットのテレビ化にとって必要条件になるだろう。音楽も映画もテレビもネットで配信され,ユーザはそれらを水のように「消費」するだけ。昭和時代の「一億総白痴化」はネットで再放送(rerun)される。 ↩︎