情報の熱的死

no extension

昨日,仕事帰りのバスの中でいつものようにネットサーフィン(古語)してたら

とかいう文章が目に入って,久しぶりに「とひょーん!」ってなった(笑) だって私,少し前のブログ記事で

もはや Microsoft Office は個人ユーザが使うものではないだろう。あれはお役所や企業等のレガシー環境で仕方なく使う道具である。

って書いちまったのですよ。 出版業界こえー。 まぁ私が知ってる職場なんてごく狭い範囲なので「想像力の地平線」の向こう側のことなどまさに「想像を絶する」わけだけど。

私が若い頃は「完成図書」という概念があって,仕様書とか設計書とか議事録とか場合によってはソースコードとかも全部「紙」に打ち出して客先に提出していた。 「完成図書」の提出を以って「納品」と見なすわけだ。 だから仕様書や設計書をワープロやスプレッドシートといった Office ツールで作成することは当たり前だった。 何故なら「紙に出力する」ことが最終目的なのだから。

でもその「完成図書」はプロジェクトが終われば顧みられることはない。 文字通りの「紙くず」として法令で決められた期間まで死蔵され,期間が終われば廃棄される。

昔,あるプロジェクトで要件定義のドキュメンテーションを全て Word 上でやらされたことがあるが,ドキュメントのレビューも Word の校正機能を使うんだよね。 あれは酷い作業だった。 Word の校正機能は殆ど完成した文書に対して行うなら効果的だが,要件定義の議論中に,内容が drastic に変わっていく状況で校正機能を使うと本当にカオスになってしまう。

で,ワケワカメになった Word 文書をどうするのかというと,いったん校正機能を切って真っサラな状態にしてしまう。 はい,これで今までの作業はなかったことにされました。 何のためにレビュー情報を埋め込んだのやら。 これなら手書きで書くのと何ら変わらないではないか。

「ペーパーレス」を実現しようとして単に「紙」をエミュレーションするだけのシステムとか,どんだけ間抜けなのか。 バージョン管理ツールや Wiki や Issue Tracker を使い慣れている身としては果てしなく無駄な作業にしか見えなかった。

なんでこんなことを長々と書いているかというと,まさに今の私の仕事が「紙」をベースにしたワークフローだからだ。

もうちょびっとだけ具体的に言うと,まずワークフローの起点が「紙の出力」になっている。 そして作業を進めるごとにその「紙」に手書きで書き込みして次の作業者に渡していく。 作業が完了したら,その「紙」は一定期間保管した後に廃棄(溶解処分)される,書かれている貴重な情報ごと。

最初このワークフローを目の当たりにしたときは目が点になった。 なんでこんな非効率なことをしてるんだろう,と。 でもよく聞くと,このワークフローはシステムの「例外処理」らしい。 自動化できない部分は人力で行わざるを得ないのだが,その際の Issue Ticket が「紙」になっているわけだ。

でも「紙」の上の情報は最終的に捨てられる1。 ワークフローの実行によって蓄積される知見は作業者の頭の中にだけ残るので共有もメイン・システムへのフィードバックもし辛い状態になっている。 つまり作業者個人の「職人技」になってしまうのだ。

ゲーム理論の命題のひとつに「囚人のジレンマ」というのがある。 内容は適当にググっていただくとして「囚人のジレンマ」は「1回きりのゲーム」と「繰り返しのあるゲーム」では戦略が異なっていて,「繰り返しのあるゲーム」では以前のゲームの結果を学習して利用したほうがゲーム全体としては(学習しない)相手より優位に立てることが分かっている。

ビジネスで言うところの「PDCA サイクル」というのはまさに「繰り返しのある『囚人のジレンマ』ゲーム」である。 そのためには「ゲーム」で得られた情報を最大限に利用しなければならない。 捨てていい情報なんかないのだ。

「紙」の上の情報ってのは,そこから先のない「行き止まり」であり,使い道のない情報が充填されるだけの「情報の熱的死」とでも言うべき状態である(喩えが雑だなぁ)。 つまり「ペーパーレス」ってのは単に物理的な「紙」を排除することではなく「紙」の概念をシステムから捨て去ることにある。 そうすることで初めて情報は循環を始め「生き」てくるのである。

ブックマーク

参考図書

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執筆を効率化したい人のための秀丸エディタ実践入門
吉良野すた (著)
2019-04-26 (Release 2019-04-26)
Kindle版
B07R6FTSMT (ASIN)

私が今も Windows ユーザだったら間違いなく買ってた。いや,実際のところ秀丸は名作だと思う。私が Vz エディタから乗り換えるきっかけになったエディタだし。

reviewed by Spiegel on 2019-06-29 (powered by PA-APIv5)


  1. 紙に書かれた情報ならスキャンすればいいぢゃんと言う人もいるかもしれないが,手書きの情報は文字そのものではなく書かれた位置や筆跡やペンの色などによって「文脈」を構成しているため, OCR 等で文字情報だけを符号化しても本当に欲しい情報は取れないのだ。かといって画像を残しても,それは単に「紙」のエミュレーションでしかなく,再利用できない。 ↩︎