インターネット・キルスイッチ
皆さんは2010年代初頭に起こった「アラブの春」を覚えておいでだろうか。 チュニジアの「ジャスミン革命」に端を発し中東を中心に起こった一連の政変である。
「アラブの春」では SNS などを使った情報拡散が功を奏したと言われ何故か好意的な評価を受けているが,実際のところ「アラブの春」の一連で政治的に成功したと言えるのは最初のチュニジアの事例だけで,他の国は内戦もしくは内戦一歩手前の状態まで悪化し欧州に多くの難民が押し寄せる事態にまでなった。 更に言えば SNS などのメディアを使えば容易に情報操作と民衆の動員が可能であることが知られてしまい,今現在もインターネットは情報戦の泥沼の中にいる。
更に更に,別の面でもインターネットの脆弱性が浮き彫りになった。
もし今日のインターネットが実際にこの理論に近い状態であれば,メッシュネットワークは余計ものだったろう。 だがインターネットが当初の学術目的から踏み出して現在のような誰でも使える商業サービスになってから20年以上が経つうちに,そうした蓄積伝送の原理が果たす役割は,一貫して縮小していった。(p.77)
この間,ネットワークに加わる新たなノードの圧倒的多数はISPを介してネットに接続する家庭や企業のコンピューターだった。 ISPの接続モデルでは,利用者のコンピューターはデータの中継はしない。 それはネットワークの端末,つまりデータの送受信だけを,常にISPのコンピューターを介して行うターミナル・ノードだ。 言い換えれば,インターネットの爆発的な成長はネットワーク地図に行き止まりのルートを増やしただけで,新たなルートを加えることはほとんどなかった。
そしてISPなど大量の情報ルートを持つ者は,彼らがルートを提供している何百万ものノードを支配下におくこととなった。 これらのノードは,もしISPがダウンしたり,ネットから遮断されたりすると,その障害を回避する方法がない。 ISPはインターネットが停止しないようにするどころか,実効上は停止スイッチになってしまった。
というわけで長々と前説を述べたが,今回のケースも「インターネット・キルスイッチ」として深刻な話だと思う。
- プライベートを詮索し、冤罪で通報し、疑いが晴れてなおユーザを罰するGoogle――それを後押しする世界的潮流 | p2ptk[.]org
- Googleの冤罪通報問題から考える「ビッグテック解体への道筋」 | p2ptk[.]org
最初に挙げた「アラブの春」の例はどちらかと言うと国家が絡んでいるが,今回のケースは私企業が重要なライフラインを握ってしまい,カジュアルに「キルスイッチ」を入れてしまったのが問題と言える。
つまり、ビッグテックは電気や水道のように、あなたの生活に不可欠な公共事業になることを目指し、そして成功したのだ。だが、彼らはまるで自分たちが単なる一企業であるかのように振る舞い続け、その不可欠さにもかかわらず、紛争(たとえば、異議申立の機会を与えることなくサービスを一方的にキャンセルするなど)は当事者間の問題に過ぎないという態度を取り続けている
じゃあ ISP や Google のような企業から「公共事業」的な部分を取り上げてしまえばいいじゃないかと短絡的に考えてしまうが,そう簡単ではなさそうだ。
たとえば、Facebookの問題は、ザックが30億人のデジタルライフを支配する自称独裁者にふさわしくないから引き起こされているわけではない。問題は、誰であろうとそのような仕事は任せられないということだ。我々は、そのような仕事をなくさねばならないのだ
国家権力によってオンラインプラットフォームの行為に制限を設け(たとえば私訴権を与える強力なプライバシー法を可決することで)、ユーザがどのような選択をするにしても、オンライン企業に搾取されないようにする。そして、国家権力によって相互運用性を保護し、オンラインホストの裁量を気に入らないユーザが、データや社会的つながりを犠牲にすることなく、簡単に離脱できるようにする
最後の「データや社会的つながりを犠牲にすることなく、簡単に離脱できるようにする」ってのが最重要ポイントなんだろう。
私達庶民から見れば「国家」も「市場」もプライバシーを含めた日常生活を脅かし得る脅威だ。 かといって私達には「リヴァイアサン」や「ビヒーモス」に立ち向かう力(power)は持っていない。 ならば「三十六計逃げるに如かず」あるいは「戦略的撤退」しかない。 そうしたリスクを見込んで「逃げ道」を用意しておくのが肝要だろう。
まぁ,簡単じゃないというか個人でどうにかなるとは思えないけどね。 やはり「怪獣大決戦」しかないのか。 それとも崑崙山で仙人にでもなるか(笑)
ブックマーク
参考図書
- サイバーセキュリティ (別冊日経サイエンス)
- 日経サイエンス編集部 (編集)
- 日本経済新聞出版社 2016-04-22 (Release 2016-04-22)
- ムック
- 4532512123 (ASIN), 9784532512125 (EAN), 4532512123 (ISBN)
- 評価
『日経サイエンス』2012年6月号の「介入されないもうひとつのウェブ」が収録されている。その他にも2010年代前半におけるセキュリティ問題についてよくまとめられている。
- グリゴリの捕縛
- 白田 秀彰
- 2001-11-26 (Release 2014-09-17)
- 青空文庫
- 4307 (図書カードNo.)
- 評価
白田秀彰さんの「グリゴリの捕縛」が青空文庫に収録されていた。
内容は 怪獣大決戦 おっと憲法(基本法)についてのお話。
古代社会 → 中世社会 → 近代社会 → 現代社会 と順を追って法と慣習そして力(power)との関係について解説し,その中で憲法(基本法)がどのように望まれ実装されていったか指摘してる。
その後,現代社会の次のパラダイムに顕現する「情報力」と社会との関係に言及していくわけだ。
reviewed by Spiegel on 2019-03-30 (powered by aozorahack)
- 【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)
- 恵, 池内 (著)
- 新潮社 2016-05-27
- 単行本(ソフトカバー)
- 4106037866 (ASIN), 9784106037863 (EAN), 4106037866 (ISBN)
- 評価
欧州および中東の近代および現代を「サイクス=ピコ協定」を特異点として網羅的に解説していいる。
- CODE VERSION 2.0
- ローレンス・レッシグ (著), 山形浩生 (翻訳)
- 翔泳社 2007-12-19 (Release 2016-03-14)
- Kindle版
- B01CYDGUV8 (ASIN)
- 評価
前著『CODE』改訂版。