回帰不能点と死の行軍

no extension

(政治の話なんかしないよ)

回帰不能点(the point of no return)というのは元々航空用語で,飛行場に戻れない航行上のポイントを指すらしい。 Wikipedia を見てたら関連する言葉として,ユリウス・カエサルがルビコン川を渡る際に言ったとされる名言「賽は投げられた」を挙げていた。 まさに米国現行政権のようではないか。 まぁ,投げてるのは賽じゃなくて匙かもしれんけど(笑)

まぁ,でも,上に立つ人間は格好いいことを言って英雄気分なのかもしれないが,付き合わされるほうにとっては「死の行軍(death march)」であって,成功してもせいぜい名誉の戦死で失敗すれば犬死である1

yomoyomo さんが「ポイント・オブ・ノーリターン:プログラミング、AGI、アメリカ」の前半部分で指摘されているのは,先日の読書会での雑談でも出てきた話で,たとえば以下のような感じ。

でも「AIに支援されたプログラマー」であるためには AI より賢くないとダメだよね。 生成 AI の出力に(自らの知識・経験で以って)批判的になれないプログラマは AI の「執事」になってしまうのだろう。 経営者・資本家が「プログラマーに支援されたAI」をこそ求めるのであれば,本当に職業プログラマはいなくなってしまうのかもしれない。

[…]

生成 AI はいい感じにコードを書いてくれるけど,それが妥当な内容か否かは人間の判断になる。 今現役のエンジニアは生成 AI が吐き出すコードを見て妥当か否か判断できるし,故に上の話もネタとして享受できるだろうが,新たにエンジニアになる人はその「判断」をどこでどうやって養えばいいのだろう。

やっぱこの辺はエンジニアの共通認識としてあるんだなぁ,と思ったり。 拙文のこの部分の前段でSF作家のコリイ・ドクトロウ氏の記事を紹介していて,個人的には以下のフレーズが刺さっている。

「AIに支援されたプログラマー」という言葉を耳にしたなら、その都度「プログラマーに支援されたAI」と読み替えるべきだろう。

これを受けてさっきの感想に至ったのだった。 もちろんコリイ・ドクトロウ氏の記事の主題はそこではなく

ベゾスがこの状況にコーフンしていることは明らかだ。多くのテック企業のトップと同様、彼は「生意気な」ハッカーたちがボスを馬鹿にしたり、命令に従わなかったりする世界からの脱却を夢見ている。だからAmazonの広報部門は、AIでコーダーを置き換える取り組みをこれほど大々的に宣伝するのだ。

彼らがコーダーを解雇してコスト削減することに興奮しているだけでなく、「Amazonコーダー」という仕事の本質を、複雑な技術問題を解決する創造的な役割から、AIが生成した退屈なコードのレビュアーへと変質させることにさらに熱狂している。

という点にある。 つまり AI とプログラマの主客が反転することで経営者・為政者に諫言することもない従順で安価なエンジニア集団(?)が出来上がるわけだ。

これはAmazonのユーザにとっても悪いニュースだ。テックワーカーはしばしばユーザに対する責任感、一種の「職業的畏敬」を持ち、それが優れたプロダクトを作り出すための原動力となってきた。テックワーカーの労働力は、製品のメタクソ化[enshittification]への衝動に対する重要な抑止力だった。

テックワーカーの力が衰えるにつれ、彼らは経営者の貪欲でサディスティックな衝動から自分自身を守る能力だけでなく、我々ユーザを守る力も失っていく。賢明なテックワーカーはこの事実を理解している。だからこそAmazonのテックワーカーたちはAmazon倉庫労働者に連帯して職場放棄を行ったのだ。

そして速やかに解雇された。

なんか AI って兵馬俑みたいだな(笑)

File:Xian museum.jpg - Wikimedia Commons

つくづくエンジニアリングってピープルウエアだな。 まぁ,人によって引き起こされた問題を人が(技術によって)解決しようとするんだから,それが社会学の問題になるのは当然なのかもしれないが。

最初に挙げた yomoyomo さんの「ポイント・オブ・ノーリターン:プログラミング、AGI、アメリカ」でも後半に

例えば、サム・アルトマンは、AIのエネルギーコストは指数関数的に増大するが、AIの進歩に助けられて間近に実現する冷温核融合のブレークスルーが、飽くなきエネルギー需要を満たしてくれると考えています。エリック・シュミットも気候変動の目標は「どっちみち達成できない」から、AIインフラに全面的に投資すべきであり、むしろAIが気候変動の問題を解決する方に賭けたいと同様の見方を示しています(そして、やはりゲイリー・マーカスに厳しく批判されています)。

とか書かれていてゲンナリしてしまった。

この地球上で最も環境負荷が高いのは人類(の営み)なんだから,そして気候変動(=地球温暖化)で最も困ってるのも人類なんだから,人類以外にこの問題を解決させようとするなら人類を地球圏から排除するに決まってるぢゃん。 それが一番安価で効果的で確実。 核融合も要らないよ。

それが(元凶たる人類には)できないから「問題」なんだろうに。

カープは、奇跡的でタイムリーな技術介入はまったくもって空想的なものであり、しかもこの奇跡頼みの推論は、SFとベンチャーキャピタル投資の分野でよく見られると指摘します。

言われてんぞ(笑) SF 脳はほどほどに。

参考

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ピープルウエア 第3版
トム・デマルコ (著), ティモシー・リスター (著), 松原友夫 (翻訳), 山浦恒央 (翻訳)
日経BP 2013-12-18
単行本(ソフトカバー)
4822285243 (ASIN), 9784822285241 (EAN), 4822285243 (ISBN)
評価     

とりあえず図書館で借りて試し読みしたら面白かったので買うことにした。原書の初版が1987年ということで,当時の雰囲気が漂う感じ。アジャイルやスクラムなど現代につながる開発スタイルの源流とも言える本。

reviewed by Spiegel on 2023-02-12 (powered by PA-APIv5)

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社会は情報化の夢を見る (河出文庫)
佐藤俊樹 (著)
河出書房新社 2010-09-03 (Release 2016-07-29)
Kindle版
B01J1I8PRQ (ASIN)
評価     

1996年に出版された『ノイマンの夢・近代の欲望―情報化社会を解体する』の改訂新装版。しかし内容はこれまでと変わりなく,繰り返し語られる技術決定論を前提とする安易な未来予測を「情報化」社会論だとして批判する。

reviewed by Spiegel on 2015-09-15 (powered by PA-APIv5)


  1. 大きな声では言えないが,若い頃には人死にが出るようなデスマーチ案件にも関わったことがあるので,割と洒落にならない話である。 ↩︎