「日本はポップカルチャー大盛況」なの?

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日本のポップカルチャーは「ガラパゴス」なの?

今日も Bluesky の自 TL で見かけたネタを拾ってみる。

実は読んでもいまひとつピンとこなかったのだが Kagi Assistant と記事についてやりとりしてようやく分かった。

上の記事を書いてる「経済学101」が以下の翻訳記事を公開しているのだが

いちばん最初に紹介した記事は,後者の翻訳を要約したものらしい。

前者の Noah Smith 氏の記事では「アメリカのポップカルチャーは停滞している」理由として

  • 音楽産業の停滞: 記事は特に音楽産業に焦点を当て、ヒット曲の多様性の欠如、新しいジャンルの不在、そして過去のヒット曲の再利用が多い現状を指摘しています。
  • 原因の考察: 停滞の原因として、以下の点が挙げられています。
    • インターネットとストリーミングサービス: 音楽へのアクセスが容易になったことで、消費者の選択肢が広がり、ヒット曲が生まれにくくなった可能性。
    • レコード会社の役割の変化: レコード会社がリスクを避け、既存の成功パターンに固執する傾向。
    • クリエイターのインセンティブ: クリエイターが実験的な作品よりも、安全な選択肢を選ぶ傾向。
    • 文化的な要因: ポップカルチャー全体が、過去の成功体験に囚われ、新しいものを生み出す活力が失われている可能性。

と述べていて,それに対して後者の Matt Alt 氏の記事では,日本のポップカルチャーが繁栄している理由とアメリカのポップカルチャーが衰退しているとされる理由について

  • 日本のクリエイターの焦点: 日本のクリエイターは、自分たち自身や国内市場のためにコンテンツを制作することに注力しています。この姿勢が、世界中で共感を呼ぶユニークで本物の製品を生み出しています。
  • アメリカのクリエイターの課題: 対照的に、アメリカのクリエイターはデータやアルゴリズムに過度に依存し、すべての人を喜ばせようとすることで、結果的に誰の心も掴めない状況に陥っています。
  • ガラパゴス症候群の逆説的効果: 記事では「ガラパゴス症候群」という概念にも触れ、この現象が逆説的に日本の文化輸出に良い影響を与えていると指摘しています。

と述べていて,だから「日本はキミらのことなんかク○ほども気にしない」ということらしい(笑)

一連の記事について個人的な感想を書くなら,米国から見た日本の「ガラパゴス症候群」と日本国内から見た自身の「ガラパゴス化」は違うよなぁ,という感じか。

そもそもゼロ年代に言われた「ガラパゴス化」は当時の通信業界・携帯端末メーカーの癒着構造を揶揄した言葉で,その構造によっていわゆる「グローバル化」やソフトウェアの「オープン化」の波から取り残されてるという状況を指したものだ。 日本の産業界ではこういったことがちょくちょく起きる。 たとえば20世紀末に「国民機」とまで皮肉られた某パソコンシリーズの独占状態のように。 そんで「黒船」が来襲して,その度に慌てふためくのだ。

一方で日本の文化面ではゼロ年代は「COOL JAPAN」なるだっさいキャンペーンをぶち上げて海外に売り込もうと勢いづいてた時期である。 つまり国内で批判された「ガラパゴス化」の埒外だったのだ。 もっともこのキャンペーンについては出版のレギュレーションが日本国内と海外諸国で違いすぎて尻すぼみになってしまったようだが。

ザマーミロ。 お上の下らない皮算用に乗るからそういうことになるんだよ(笑)

でも Matt Alt 氏の記事で言及されている「ガラパゴス症候群」の逆説的効果とやらは完全に日本というエスニック文化に対する皮肉である。

20世紀末から2010年代あたりまで世界を席巻した「グローバル化」とは,米国外から見れば「米国化」に他ならない。 「グローバル化」の名のもとに全てを過剰包摂(bulimia)しようとする中で,それらのカウンターとなる存在を「ガラパゴス症候群」などと,まさに米国の傲慢ここに極まれりである。 まぁ,その象徴こそが今の米国大統領なんだろうけど。 米国内で今の大統領への批判は多いように見えるが,こっちからすれば「おまえらえっと変わらんじゃろ」って感じである。

「日本はポップカルチャー大盛況」ってホンマ?

話を戻して。

一番最初に紹介した記事に「日本はポップカルチャー大盛況」と書いてあって

しばし反論は脇に置いて,「アメリカのポップカルチャーは衰退しつつある」説をとるとしよう.では,どうして今,日本はアメリカと真逆の経験をしているんだろう? どうして日本はポップカルチャー大盛況の時期を迎えているんだろう?

「大盛況」の根拠となってるらしい FINANCIAL TIMES の記事を私は(購読契約してないため)読めなかったので,またもや Kagi Assistant に訊いてみた。

はい、「日本のポップカルチャーは大盛況」というのは事実です。アニメ、漫画、ゲーム、音楽、ファッション、食文化など、多岐にわたる日本のポップカルチャーが世界中で人気を博しています。特にアニメやゲームは、その緻密な表現や豊かなストーリー性で世界的に高く評価されており、海外から日本のポップカルチャーを目当てに日本を訪れる人も少なくありません。 1 2

これを裏付けるようなWebページは以下の通りです。

アニメ・漫画・ゲーム

  • アニメは日本の代表的なポップカルチャーであり、世界中で親しまれています。特に『ONE PIECE』、『NARUTO -ナルト-』、『ドラゴンボール』などは国際的なブランド価値と文化的影響力を確立しており、多くの人々にとって日本文化に触れる最初のきっかけとなっています。 2 3
  • 動画配信サイトの普及に伴い、日本アニメの人気が世界的に高まっており、アニメ産業市場全体の売上の約半数は海外市場が占めています。 4 5
  • 日本のゲーム産業も、技術的な進化だけでなく、独自の音楽で世界中の心を掴み、国際的な文化交流に貢献しています。 6
  • 『名探偵ピカチュウ』や『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』など、日本の知的財産権(IP)のハリウッド展開による成功例も増えています。 7

音楽(J-POP)

  • J-POPはSNSやストリーミングサービスの普及により、世界中でチャートインするなど、海外での人気が拡大しています。 8
  • アニメや映画の主題歌・挿入歌としてJ-POPが使用されることで、海外のファンが日本の音楽に出会うきっかけにもなっています。 9 10
  • Perfumeのニューヨークでのライブが満員御礼になるなど、海外でのJ-POPアーティストの活躍も目立ちます。 11

その他

  • 日本のポップカルチャーは、日本政府が取り組むクールジャパン戦略の中核にもなっています。 12
  • 東京コミコンのようなイベントも大盛況であり、日本のポップカルチャーが世界中で注目されていることが伺えます。 13
  • 日本の食文化もポップカルチャーの一部として世界中で親しまれており、寿司やラーメン、カワイイスイーツなどがSNSを通じて広まっています。 2 14

これらの情報から、「日本のポップカルチャーは大盛況」であると言えるでしょう。

いや,う〜ん…

そういえば先日 YouTube で再生回数が多い J-POP の MV のトップ10を紹介する動画を見たのだが

米津玄師さんの「Lemon」が9億再生で驚いてたら全ジャンルで最も多い MV は87億再生近くあるらしい。 桁が違うよ(笑) 「Lemon」は全ジャンルでは577位なんだってさ。 こういう情報を見ると「『大盛況』ってなんだろう?」って思うよね。

最初に紹介した記事に挙がってる漫画やアニメにしたって,米国内での市場規模は小さくとも日本国内よりはよほど大きい。 世界全体ならなおさらだ。 「グローバル化」された世界から見ればマイナー文化でも,日本にとっては十分に収益が見込める規模として期待できる。 つまり無理に「グローバル化」の波頭に乗る必要はないのだ。 漫画・アニメならそれこそ「ONE PIECE」「NARUTO」「ドラゴンボール」あたりが客寄せパンダとして機能しているならOKなわけ。

「コンテンツ」の市場価値をを評価する際はどうしても定量評価になりがちである。 YouTube ならチャネル登録数とか高評価ボタンの押下数とかライブ配信時の同時接続(視聴)数とか。 特に営利企業はそれしか「株主」にアピールする評価軸がないものね。

そりゃあ,チャネル登録数ミリオンとか同接数万〜数十万人とか,ホンマに凄いと思うよ。 でも,たとえば VTuber なら同接十人とかの規模の個人勢が数多活動していて,そういう構造が VTuber の文化というか folklore を形成してるのよ。

昔,シオドア・スタージョン(1918-1985)というSF作家がいて,彼はあるSF雑誌で「SFの90%はカス(crud)だ」と述べたらしい。 これは「スタージョンの黙示」と呼ばれ,やがてあらゆる創作ジャンルに拡張され「スタージョンの法則」と呼ばれるようになったそうな。

これを逆説的に考えるなら,良質な(=お金の取れる)コンテンツしかないプラットフォームは何かしら不自然な運用をしていると疑ってかかるべきだ。 そのジャンルの9割が,お金になるかも怪しい他者から「カス」呼ばわりされる,それでも(内発的動機に従って)クリエイティブな活動を続けていることにもっと注意を払うべきだ。

機械に「好きなこと」をさせるのは間違ってる?

創作活動とはちょっと違うかもしれないが今年の「RubyKaigi 2025」でまつもとゆきひろさんが「Programming Language for AI age」というタイトルで講演されたそうなのだが,その中で

今日のAIには得意なことと苦手なことがあります。得意なことはプログラミングです。「⁠こういうコードを書いてほしい」とお願いすると、概ね正しく動くコードを生成してくれます(よく間違えることもありますが⁠)⁠。一方で、苦手なことは交渉や仕様決めなどです。

[…]

人間が楽しめるプログラミングの仕事はAIが得意だからとAIに任せ、つらい仕事を人間が担っている現状を、まつもとさんは「逆アルファシンドローム」と表現し、私たちはこの逆アルファシンドロームに気をつけなければいけないと警告しました。

とあって面白いと思った。

まぁ「プログラムを書くことが好き」というのは万人に共感してもらえないかもしれないが FOSS とかで影響力のあるコードを「創造」している人たちの多くは基本的に「プログラムを書くことが好き」な人たちである。 お金を稼ぐことは大事だが「内発的動機」を損ねるような仕組みは本末転倒だし,人間が喜々としてやってることを機械が取り上げるのは(実際に取り上げるのは経営者や管理職だろうが)間違ってるよなぁ,とは思う。

まぁ,道具が変わればプロセスも変わるので,最終的に「やっぱプログラマ要らね」ってなるかもしれないが(笑)

生成 AI の登場は人にとって自明だった「知性」について,何がそれを齎しているかについて改めて考えるきっかけになっている。 同じように「文化」についても,それが何によって構成されているか,創作物が何によって生み出され発展していくのか,もう一度考えてみるべきだと思う。

ブックマーク

参考図書

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後期近代の眩暈 ―排除から過剰包摂へ― 新装版
ジョック・ヤング (著), 木下ちがや (翻訳), 中村好孝 (翻訳), 丸山真央 (翻訳)
青土社 2019-08-23
単行本(ソフトカバー)
4791772091 (ASIN), 9784791772094 (EAN), 4791772091 (ISBN)
評価     

新装版が出てた。『排除型社会』の続編。現代社会の過剰包摂(bulimia)について。

reviewed by Spiegel on 2023-01-05 (powered by PA-APIv5)

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はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学 脳のはたらきとユーザー体験(UX)
セリア ホデント (著), 山根 信二 (監修), 成田 啓行 (翻訳)
福村出版 2022-12-13
単行本(ソフトカバー)
4571210450 (ASIN), 9784571210457 (EAN), 4571210450 (ISBN)
評価     

デジタル版が出そうもないので,諦めて紙の本を購入。ゲームデザイナやゲームエンジニアだけでなく,ソフトウェア・エンジニアは全員読むべき。あと,ゲーマーな人も読むといいよ。感想はこちら

reviewed by Spiegel on 2023-04-09 (powered by PA-APIv5)

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VTuber学
岡本 健 (その他), 山野 弘樹 (その他), 吉川 慧 (その他)
岩波書店 2024-08-28 (Release 2024-08-28)
Kindle版
B0DBZ3QP7J (ASIN)
評価     

VTuber を歴史的観点,理論的観点から記述していく試み。多様な論者が登場してなかなか面白い。Kindle 版も横書きで読みやすい。

reviewed by Spiegel on 2024-09-16 (powered by PA-APIv5)

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日経サイエンス2025年6月号 [雑誌]
日経サイエンス (編集)
日経サイエンス 2025-04-25 (Release 2025-04-25)
Kindle版
B0F64YN7KQ (ASIN)
評価     

2025年6月号の特集は「好奇心に好奇心」。他には「1秒の定義を変える 原子時計のいま」「仲間はずれを作らない教室」など。固定レイアウトなのでブラウザで読める。

reviewed by Spiegel on 2025-05-05 (powered by PA-APIv5)