「寄付する前に立ち止まれ」

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最近,括弧書きのタイトルばっかりだな。 まぁいいか。

まずは,現地で被災された方々にはお見舞い申し上げます。

例の大地震は「令和8年熊本地震」と名前がつけられたらしい。 内閣府の防災情報のサイトにもページができている。

熊本県は今回の地震に対する義援金を受け付けるための口座を開設したそうな。

この義援金は寄付として税金控除の対象になる。

義援金は、寄付金控除(個人)や損金算入(法人)の取扱いを受けることができます。

銀行振込の際の利用明細票が受領書の代わりとして税制上の措置が受けられます。詳しくはこちら→国税庁HP

さらに各種支援活動に利用する場合は「くまモン」のイラストを許諾不要(届出制)で利用できるとのこと。

なんちうか,逞しいなぁ。 いや,これくらいやらんとって感じかも知れないが。

寄付の話と言えばこれだろう。

もう20年以上前の記事だが,ちゃんと残ってるのがありがたい。 いつなくなるか分からないので,少し長めに引用しておこう。

寄付というのは本質的に「“公共のためのお金の使途”を一部、自分で決める行為」である。カミサンがお友達と忘年会に行ったり新しい洋服を買うお金をねだられて出す行為は、そのお金がカミサンの「私益」に使われるので当たり前だが寄付とは呼ばない。見知らぬ他人にお金をあげるとしても、道ばたの物乞いにコインを恵んであげるのは(宗教的行為としての)「喜捨」であって、「寄付」ではない。このあたり、きちんと区別されていないようだが。

税金という形で政府が集めて公共の利益を再配分するのに代わって個人が公共の利益を考えて自分の収入を配分するのだから、たいていの先進国では(範囲の大小は違えど)寄付に対して「税の減免」なる制度が存在する。日本にも(非常に狭くて厳しいが)もちろんある。

まぁ,寄付の対象が緩々だと詐欺やマネーロンダリングの温床になったりするからね。

でもさ、たかが数百円とか数千円とかのお金を寄付するのに、領収証をもらって、それを年に1回最寄りの税務署に持っていって確定申告して…って、最高にめんどくさくて嫌じゃない?僕もそう思うわけですよ。

で、結局僕が考えたのは、「寄付を求められるたびにいちいちその場で自分の『公共の利益のための支出の使途』に迷うのを止めよう」ということだ。

何事も計画が必要。まず、自分の収入と支出を考えて、自分が「1年間にこれだけなら自分のためじゃなくて、他人のために使っても(寄付しても)いいや」と思える金額を決める。人によってその決め方、基準の作り方は違うだろう。

私はこれを読んで寄付の予算を決めることにした。 昔の話である。 今はそれどころではない懐事情なので,今回も勘弁して欲しい。

寄付先の団体を決める際に、1つ注意してほしいことがある。自分が寄付したお金の使い道を、きちんと確認できる団体であるかどうかだ。

以前にはてなのポイント寄付の議論を見ていて非常に違和感を持ったのは、「ポイント送信のための手数料5%を、はてなが取るのはけしからん」という論調だ […] どんな寄付も、それを告知し、集め、クレジットカードなら手数料を払い、領収証を発行し、またそういうことをする組織を運営するためには、当然のことながらお金がかかる。それは当たり前だが多かれ少なかれ寄付金の中から拠出するしかない。

[…]

個人的には、集まる寄付金の規模にもよるけれども、きちんと組織が継続的活動を行い「公共の利益」になるためには、寄付金の10~20%程度は組織運営の経費に使われる“べき”だと思う。

自治体の義援金は決算時に使途の報告があるし監査も入るはずなので,無難な寄付先と言えるだろう。 「ふるさと納税」も寄付の一種だが,いまだに仕組みがよく分からない。 まぁ,寄付とか考えずキックバック付きの「お取り寄せ」と思えばいいのかも知れないが。

こうしたことをきちんと日頃から行っておけば、繁華街などで寄付を募っている人々に出会っても「僕は彼らに寄付をするのとは違う方法で、自分にできるだけの寄付を正しい方法でちゃんと行っている。だから彼らに今お金を寄付する必要はない」と、自分を説得でき、良心も痛まない。

今で言うなら心理的安全性ってやつだろうか(笑) まぁ,計画して自信を持って行動できるのはいいことであろう。

大地震のたびに思い出すのが 3.11 のときのこと。 あの頃はまだ自宅にテレビがあって,津波が上がってくる映像とかを見てトラウマになりかけた。

インパクトの強い映像ほど見入ってしまうよねぇ。 それで(現地から遠く離れてるのに)トラウマになりかけてるんじゃしょうがない。

今はテレビはないが,心の健康のために,ネットでも現地の映像はあまり見ないことにしている。 なので「災害時メディアとして 𝕏 が機能しない」という話を聞いても「『パラソーシャル』なんだから,そりゃそーだろ」くらいの感想しかない。 逆に Bluesky 日本語公式

情報に触れるのがつらく感じてしまうときは、SNSやニュースから少し距離を置く時間も大切です。一日も早く、皆さんが安心して過ごせる日が来ることを願っています。

とかポストしているのを見ると「いいメディアだな」と思ってしまう(笑) いや,災害時こそチャネルは絞ったほうがいいよ。

もうひとつ。

「災害躁病」というのがある。 以下はもう四半世紀前の Web 日記だが,今でも参考になる話だと思う。

震災の惨状をテレビで見て、北関東から神戸に駆けつけた29歳のA氏、泊まり込みでボランティアをしていたが、トラブルを起こして一旦は家に帰る。しかし震災16日目に再度神戸を訪れるが、またも暴行事件を起こし、翌日には川に飛び降りる行為を繰り返し、とうとう入院になってしまった。入院後も攻撃的で暴力があったけれど、治療によって鎮静化、入院20日目には退院して帰省することができた。しかし退院して16日後、またも軽躁状態で神戸を訪れ、5日間入院。

[…]

性格的には、「ボランティア型」は共感性、正義感が強く熱中巻き込まれ型(きのうのマニー型に近いかな)、「被災者型」は几帳面、まじめな性格が特徴的だったそうな。

鬱病はネガティブな感情が内側に向いてしまうので,それはそれで大変なのだが,躁病はたいてい周囲に迷惑を撒き散らすので,巻き込まれる方が大変である。

メディアで被災状況を見て正義感に駆られるのは仕方ないのかも知れないが,道路も寸断されてるみたいだし,ボランティアと称して衝動的に現地に突撃とかホンマに止めたほうがいい。

というわけで,災害時の行動についてつらつらと四方山話を書いてみた。

こーでこっぽし

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