SNS は他者を差別するシステムか

no extension

最近 Linus Torvalds 氏へのインタビュー記事を見つけて

「馬鹿げたたわ言も言えなくなった」と言いつつ Facebook を始めとする SNS を思いっきり dis ってる発言を見て笑ってしまったのだが

「わたしは最近の『ソーシャルメディア』を憎んでいる。Twitter、Facebook、Instagram。あれは社会の病癖だ。悪い振る舞いを助長している」
[...]
「『いいね』と『共有』のモデルそのものがガラクタだ。そこには努力も品質管理もない」とTorvalds氏は述べている。
「馬鹿げたたわ言も言えなくなった」--復帰後のトーバルズ氏が自己評価より

という意見には全面的に同意するしかない。

これで思い出したのが2011年に公開された映画「ソーシャル・ネットワーク」である。 当時私は Facebook の利用について友人と議論や実践を模索していて,この映画も観に行った。

「ソーシャル・ネットワーク」の前半では学生たちが集まる社交クラブについての描写がいくつかある。それは社交クラブというよりは友愛結社というべきもので,初期の “The Facebook” はまさにリアルの友愛結社の仕組みを取り込み,そして友愛結社そのものを取り込んで急成長していく(映画の内容がどこまで事実に即しているかは分からないが)
「ソーシャル・ネットワーク」と Facebookより

「社交クラブ」と「友愛結社」の違いについて,10年以上前に読んだ『秘密結社の世界史』ではこう説明されていた。

社交クラブと友愛結社がちがうのは、後者が儀礼を第一義と見て、それに多くの時間をかけ、社交の時間を犠牲にしていることだ
秘密結社の世界史より

「『いいね』と『共有』のモデル」に耽溺する Facebook 等の SNS はまさに友愛結社的な側面を強めていると言えるかも知れない。

友愛結社は「友愛」の名の下に他者を選別(包摂&排除)するシステムである。 「入社式(initiation)」はその典型だろう。 ここからの連想で考えるなら Facebook 等の SNS に政治広告や欺瞞記事が溢れるのはむしろ当然の帰結に思える。 出稿者はそれらにどう反応 (engagement) するかで他者を選別しているのだから。

最近

といった記事を見かけるが, SNS そのものが「選別装置」であるなら,そこに「差別」が生まれるのはむしろ必然なんじゃないか。 もし SNS から「差別」をなくしたいなら「SNS でないもの」になるしかない。 それはサービス自体を否定することでありプロバイダ側は絶対に許容できないだろうが(と考えるなら最近の Mark Zuckerberg 氏の奇天烈な発言にも納得がいく)。

そして利用者側は SNS が「選別装置」であることを認識した上で「社交の場」としてサービスとの間に程よい距離感を保つのが賢明なのだと思う。 まぁ,私は既に Facebook からの撤退戦を始めてるけどね(笑)

参考図書

photo
ソーシャル・ネットワーク (字幕版)
ジェシー・アイゼンバーグ (出演), アンドリュー・ガーフィールド (出演), ジャスティン・ティンバーレイク (出演), アーミー・ハマー (出演), マックス・ミンゲラ (出演), David Fincher (監督), Scott Rudin (プロデュース), Dana Brunetti (プロデュース), Michael De Luca (プロデュース), Cean Chaffin (プロデュース)
(Release 2013-11-26)
Prime Video
B00FW5SSCK (ASIN)
評価     

この映画が公開された当時(2011年)は日本でも Facebook が一般(特に年配層)に浸透し始めていたときで,スクリーン上の狂騒に苦笑したものだが,その Facebook が広告まみれの駄システムに堕ちてしまうとは誰も思わなかっただろうな(笑)

reviewed by Spiegel on 2019-04-14 (powered by PA-APIv5)

photo
秘密結社の世界史 フリーメーソンからトランプまで、その謎と陰謀 (朝日文庫)
海野 弘 (著)
朝日新聞出版 2017-06-07 (Release 2017-07-07)
Kindle版
B073PT6WDB (ASIN)
評価     

文庫本版がでてたのか。古代から現代にかけての「結社」の系譜を俯瞰的に解説している。読み物として面白かった。

reviewed by Spiegel on 2019-04-14 (powered by PA-APIv5)