「人生はスタートの繰り返し」

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「人生はスタートの繰り返し」と言ったのは長田佳奈さんの『2KZ』だったかな。 「数学ガールの秘密ノート」の最近の連載「確率の冒険」を読む度に連想するのはこのフレーズである。

ところで Facebook の TL で

という記事が紹介されていて, TL 上の(紹介された方の)コメントも合わせて面白くはあるのだが,私はむしろこの記事自体に「もやつく」ので脊髄反射的にこの記事を書いてみる。

私は三十歳代半ばでちょっと死にかけてそれまでの生活を変えざるを得なくなった。 思考スピードと記憶力の低下を明確に感じるようになったのは四十歳代半ば頃である。 諸々の事情で「職業エンジニア」を諦めたのは五十歳代半ばの現在である。

歳をとれば肉体的に衰えるのは当然で,しかも「自分は自分が考えるようには考えない」ことに気がつくのもけっこう歳いってからだったりする。 その度にひとつづつ何かを諦めるのだが,それは「頑張れなかった」からではない。

上で示した記事を見ても思うのだが,みんな「頑張ること」を頑張ってないかい? それは間違い。 「仕事を頑張ってる自分」に耽溺するのは workaholic といって嗜癖問題の一種である。

若いうちは無茶もできるし何でもできる気分に浸れるが,肉体的に衰え脳の働きも衰えれば必然的に「頑張る」という希少リソースをどう配分するかが問題になる。 「頑張ること」を頑張るなど「頑張る」の無駄遣いである。

役割が異なれば使うツールも異なって当たり前。 管理職になったんならドキュメントなんか部下に書かせろよ。 そしてドキュメントを書いた部下とその成果を正しく評価すればよい。 メールや Slack 等のチャットに時間を使うのも無駄。 それならば,そうしたコミュニケーション・ツールで交わされる会話を要約するコードを書かせて普段はそれを使うべき。 これからは AI の時代なんだろ。 AI にメールやチャットを任せればくだらない時候の挨拶とかもなくなるだろう(笑)

「降りる」ことは悪いことではない。 むしろ降りたほうが賢明なこともある。 「頑張る」は希少リソースなのだから。 そして「次」を希望するならまたスタートし直せばいいのだ。

「人生はスタートの繰り返し」である。 人生のあらゆる局面が「一発勝負」なら人類は永遠に進化できない。 繰り返すからこそ確率と統計に意味があるのである。

どんな境遇でも「またスタートすればいい」と期待できるうちは人生はそれほど悪いものではないし,そう思えるよう「社会」を設計すべきである。

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2KZ (ぶんか社コミックス)
長田佳奈
ぶんか社 (Release 2015-06-22)
eBooks Kindle版
ASIN: B0105ZQSEQ
評価     

名作。私も座敷わらしになりたい(笑) 連載はちゃんと完結したのに単行本は最後まで収録されなかったのが悔やまれる。2巻を出すか長田佳奈さんの他の作品に入れてほしい。

reviewed by Spiegel on 2019-05-03 (powered by amazon-item 0.2.1)