技術的負債とハッカー

no extension

最近,立て続けに「技術的負債(technical debt)」という単語を見かけたので。

私も気軽に「技術的負債」という単語を使うが,どうも「技術的負債」自体は単に「そういう事象」を指すものであって,良いとか悪いとかの評価の外にあるようだ。

借入をすれば物事をより早く前に進めることができるようになりますが、そのかわり返済し終えるまでは利子を払い続けることにもなります。私はお金を借りるのは良いアイデアだと、つまりソフトウェアを急いで世に出し、それによって学びを得るのは良いアイデアだと考えていました。次第に日常に戻ってきたら、もちろん借金を返済していくことになるでしょう。つまり、そのソフトウェアについての学びを深めるにつれてリファクタリングを行うことで、得られた経験をプログラムに反映していくのです

つまり,ソフトウェアを「早く作る」ことと引き換えにしたものを金融用語の「負債」に喩えているだけで,それをどう返済(=リファクタリング)していくか(あるいはなぜ返済できないのか)についてはまた別の話,ということのようだ。

念の為に言うとハッカー気質(hacker ethic) 的には「早く作る」ことは美徳とされているし「早く作る」ことと「雑に作る」ことはイコールではない。 早く作って評価(試)してみて,そこから改良(=リファクタリング)していって限りなく「完成」へ収束していくのである。

言い方を変えるなら,「ソフトウェアは常にベータ版」であり,その「ベータ版」から理想とする「完成版」への差分が「負債」である,とも解釈できる。

ふむむむむ。

それを踏まえて

ジョージ・フェアバンクスが強調するのは、病気によって必要な薬が異なり、いろんな病気を一括りにしてしまうと薬の選択が難しくなるように、いろんな問題を「技術的負債」の傘の下に一括りにしてしまうと対応を間違ってしまうので、言葉の厳密な定義を持っておくべきだということ。現在広まってしまった「技術的負債」の広い定義が強力すぎて変えられないのなら、(ウォード・カニンガムが意図した)元々の「技術的負債」を指す場合は ur- をつけて、ur-technical debt と言ったらどうかと提唱している

という話にはなんだか既視感がある。

というわけで過去の 黒歴史 日記を掘り返してみたら15年も前に

「ハッカー」は既に寿命を終えた「死んだ言葉」だと思う。 ってなことを書くとハッカーな方々に怒られるかもしれないが, はっきりいってハッカー以外に「ハッカー」を正確に説明し理解できる人はいないと思う。 「ハッカー」という言葉の定義はハッカーの内部で閉じている。 故に「我こそはハッカー」と叫ぶ人を誰も止められない。 かくて世界には様々に定義された「ハッカー」が乱立することになる。 「ハッカー」という言葉は既に発散してしまったのだ

とか書いてた。 あぁ,これと相似形か。

「ハッカー」という単語も,元々は良いも悪いもない,単に「そういう人」を指す言葉だったが,いったんネガティブなイメージが付くとそれを払拭するために強弁する人が現れてだんだん意味が発散し,挙げ句の果てには「ホワイトハッカー」とか意味不明の言葉が登場したりする。

“ur-technical debt” ちうのもその類の話なのだろう。 まぁ,今後は「技術的負債」とか迂闊に口にせんことやね(笑)

ブックマーク

過去に書いたこの辺の記事も黒歴史になるかな(笑)

参考図書

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リナックスの革命 ― ハッカー倫理とネット社会の精神
ペッカ ヒマネン (著), リーナス トーバルズ (著), マニュエル カステル (著), 安原 和見 (翻訳), 山形 浩生 (翻訳)
河出書房新社 2001-05-26
単行本
4309242456 (ASIN), 9784309242453 (EAN), 4309242456 (ISBN)
評価     

大昔に買ったんだけどうろ覚え。買い直そうかと思ったが邦訳は Kindle ではないのか。それにしても「リナックスの革命」とかいう頭の悪いタイトルはどうにかならなかったのだろうか。副題だけで十分ぢゃん。

reviewed by Spiegel on 2020-12-12 (powered by PA-APIv5)