『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』は読んどけ!

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はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』をようやく読み終わった。 ついでに 2023-04-08 に著者の Celia Hodent さんを招待して開催された Webinar も観た。

本を手にした第一印象は「字がデカい」「ページ数が薄い(巻末の日本語版解説も併せて184ページしかない)」であった(いや,書く方も翻訳する方も凄い労力だと思うけど)。 私はスキマ時間にチマチマ読んでたので比較的時間がかかったが,メモを取りながらでも1日あれば読める分量だよね。 この本はつまみ食い的に読むのではなく,第1章から順に読んでいくことを強くお勧めする。

念のために言うと,私はゲームデザイナーでもゲームエンジニアでもない。 ゲームは好きだが,少なくとも社会人になってからはコンシューマー機オンリーだったし,テレビを捨ててからはスマホゲームをスキマ時間でやる程度の雑魚ゲーマーである。 そりゃあ学生時代は可処分時間が有り余ってたし,田舎は娯楽が少ないからゲーセンも通ってたし,なんなら発売日にドラクエを買うためにデパート前の行列に並んでたクチですよ。 それも今は昔。

じゃあ,なんでこの本に興味を持ったかというと,サブタイトルにある「ユーザー体験(UX)」の単語に惹かれたから。

はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』にも書かれているが, UX (User eXperience) って UI (User Interface) とは違うのよ。 たとえば最近だと, IPA が自身のサイト構成を一新した際に旧コンテンツのリンクが切れまくって IT 業界が阿鼻叫喚になった話がある。

新しいサイトデザインが UI 的にどれだけ優れているのか知らないが, UX 的には既存ユーザーをぶった切る「(悪意はなくとも)悪い UX」事例と言える。

あるいはネットサービスの「あるある話」で,どこぞのサブスクリプション・サービスとかに退会機能がないかめちゃめちゃ分かりにくい場所にあってユーザーにストレスを与えるって事例があるよね。 これも「悪い UX」か,意図的であれば「(悪意ある)ダークパターン」って奴だ。

じゃあ,そういう「悪い UX」や「ダークパターン」を避けるにはどういう設計をすればいいの? 心理学や社会学の専門家に(お金を払って)来てもらってアドバイスしてもらえばいいの? って話になる。

ほかのテクノロジー業界(特にソーシャルメディア)に比べて、ゲーム業界がいくらか先に進んでいる点があります。それは、オンラインのマルチプレイゲームのなかで、反社会的な行為(被害者にとって有害と感じられる行動)から、できるだけプレイヤーの安全を守る対策を備えていることです。

つまり,ゲーム開発・運用における UX 実践1 を見ていくことで,ゲーム以外のソフトウェア製品やサービス(特に SNS)にもヒントになるようなものがあるんじゃないか。

ドナルド・ノーマン(大きな影響力をもつ『誰のためのデザイン? —— 認知科学者のデザイン原論』(Norman, 1990)の著者)は「ユーザー体験(UX:user experience)」という単語を提唱し、製品やそのエコシステム(マーケティング、ウェブサイト、顧客サービスなど)にユーザーが関与するときの体験全般を考えるという方針を示しました。そのため、企業やグローバル戦略も UX に含まれます。

これって私が最近読んでいる『ユニコーン企業のひみつ』『ピープルウエア』なんかにも通じる話だよね。 個人が趣味や余暇でやってるようなものはともかく,企業が開発・運用する製品(サービス)は,どうやっても「チーム戦」になる。 突出したスーパープログラマ(笑)が職人技でプロダクトを組む時代ではないのだ。 それもエンジニアだけじゃなく,プロダクトオーナーやその上の経営者や,ときにはその筋の専門家をも巻き込んだ「総力戦」だ。 そのような状況で上手く製品のイテレーションを繰り返すには「文化が重要」(『ユニコーン企業のひみつ』p.152)というわけ。

もっとも『ユニコーン企業のひみつ』や『ピープルウエア』はチーム内あるいは職場内の環境や文化にフォーカスしているが『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』は「誰の方を向いて仕事をするのか」といったことにフォーカスしていると言える。 そして,それはもちろん「顧客(ユーザー)」の方を向いていなければならない。 考えてみれば当たり前の話なんだけどね。 SF作家の Cory Doctorow さんも言ってるじゃない。

プラットフォームはこのように滅びていく。まず、ユーザにとって良き存在になる。次に、ビジネス顧客にとって良き存在になるために、ユーザを虐げる。最後に、ビジネス顧客を虐げて、すべての価値を自分たちに向ける。そうして死んでいく。

って。

はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』では UX の実践について第2章で「UX マインドセット」と呼んで具体的に解説している。 「マインドセット」とは「個人やチームが確立したものの見方や考え方」(p.34)らしい。 この辺はゲーム関係者だけでなく,他のソフトウェア製品(サービス)の提供者も読んでおくべきだろう。

第3章と第4章はビデオゲームの良い面と悪い面について「科学」的な視点から論じている。 「科学」というのは,宗教や信仰とは違い,トライ&エラーの繰り返しである。

他の専門家から問題を指摘された論文が訂正されるのは正常な科学の営みだ。むしろ問題は、論文は撤回することができるが、その主張にもとづいた政策を取り消すのは論文撤回後も容易ではないということだ。したがってゲームに関する政策決定を行う際には、個々の主張にのみ注目するのではなく、学会(科学者集団)でどこまで合意が得られてどのような異論があるかもとりいれる必要がある。

第3章と第4章は引用にあるような「政策決定を行う」人だけでなく子どもを持つ親とかゲーマー自身も読んでおくべきだろう。 子どもがある程度以上の年齢なら親子で読んで議論するのも面白いかも知れない。

第5章は「ビデオゲーム業界の倫理」について。 この章で「悪い UX」や「ダークパターン」といった単語とその解説が登場する。

たとえばルートボックス(いわゆる「ガチャ」のこと)について「未成年を標的にするルートボックスは、まちがいなく倫理に反しています」(p.143)と断言し,その理由として

脳の前頭前野という領域は25歳くらいまで発達を続けます。この脳領域は、衝動や自動的な行動の制御などに関与します。子どもや10代の青少年は前頭前野が未成熟なので、特定の状況で自動的に起きる反応を制御することが、大人に比べてはるかに大変です。このような脳の発達上の理由から、子どもはセルフコントロールが苦手ですし(大人が限度を決めてあげないとうまくいかないことがよくありますよね)、ティーンエージャーはリスクの高い行動をとる傾向が大人より強いのです。

と解説している。

特に,昨今流行りの Generative AI サービスの提供者は必見だと思う。 巷の論調だと LLM に常識や倫理観を求めようと躍起になってるように見えるが,本当に重要なのはサービスを利用するユーザーが常識的かつ倫理的な行動を取りやすいようサービス全体を設計していくことなんじゃないだろうか。 「完全に中立的なデザインは存在しない」(p.152)のなら,まずは提供する側が製品に対して一貫した倫理観を「マインドセット」していく必要がある。

はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』には「ゲームはルールによって行動を強制する」(p.153)とあるが,それはどんなサービスでも同じだろう。 適切なルール・メイキングとそれを(浪花節や刷り込みではなく)合理的に無理なく遵守させる仕組みが必要なのだ,と思ったり。

あとゲーマー(あるいはその親)も第5章は読んでおくべきだろう。 ゲームの中で自分たちが何をしているのか(させられてるのか)自覚できればゲーム内での行動も変わってくるかも知れない。 2023-04-08 の Webinar で Celia Hodent さんが言っておられたが,ユーザーはバカではない。 経験を積み情報を得られれば賢く立ち回れるものである。 賢くなろうよ。

私は,少なくとも職業エンジニアの矜持 (pride) は「善の実現」にあると思っている。

理学は、真理の探究であり、工学は善の実現である。そして、藝術は美の表現である——これで所謂「真美善」が揃う

でも,その場合「善って何?」という問題が常につきまとう。 『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』がその問題を照らす最初の取っ掛かりになることを期待したい。

総評すれば『はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』はみんな読んどけ! ってことだな。 以上。

年齢に関わらず、遊びは私たちの精神を鋭敏に保つために重要です。 […] 遊ぶことは学ぶことです。
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はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学 脳のはたらきとユーザー体験(UX)
セリア ホデント (著), 山根 信二 (監修), 成田 啓行 (翻訳)
福村出版 2022-12-13
単行本(ソフトカバー)
4571210450 (ASIN), 9784571210457 (EAN), 4571210450 (ISBN)
評価     

デジタル版が出そうもないので,諦めて紙の本を購入。ゲームデザイナやゲームエンジニアだけでなく,ソフトウェア・エンジニアは全員読むべき。あと,ゲーマーな人も読むといいよ。感想はこちら

reviewed by Spiegel on 2023-04-09 (powered by PA-APIv5)

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ユニコーン企業のひみつ ―Spotifyで学んだソフトウェアづくりと働き方
Jonathan Rasmusson (著), 島田 浩二 (翻訳), 角谷 信太郎 (翻訳)
オライリージャパン 2021-04-26
単行本(ソフトカバー)
4873119464 (ASIN), 9784873119465 (EAN), 4873119464 (ISBN)
評価     

版元より電子版も出ている。 Google や Spotify のような「ユニコーン企業」はどのようにして「ミッション」を遂行しているのか。

reviewed by Spiegel on 2022-05-21 (powered by PA-APIv5)

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ピープルウエア 第3版
トム・デマルコ (著), ティモシー・リスター (著), 松原友夫 (翻訳), 山浦恒央 (翻訳)
日経BP 2013-12-18
単行本(ソフトカバー)
4822285243 (ASIN), 9784822285241 (EAN), 4822285243 (ISBN)
評価     

とりあえず図書館で借りて試し読みしたら面白かったので買うことにした。原書の初版が1987年ということで,当時の雰囲気が漂う感じ。アジャイルやスクラムなど現代につながる開発スタイルの源流とも言える本。

reviewed by Spiegel on 2023-02-12 (powered by PA-APIv5)


  1. はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学』では UX を「実装」ではなく「実践」と書かれていたのが印象的だった。つまりシステム設計や実装に限る話ではないということだろう。 ↩︎