プラットフォームかプロトコルか

no extension

物凄い偏見であることは承知の上で書いてしまうけど,現代を含む近代というのは「『個人』が台頭する時代」だと思うのよ。 もしくは社会と個人が向き合う時代。 時に協力し時に反目するのが社会と個人との関係。 その文脈の中で,たとえば身分や差別の問題,たとえばジェンダーの問題,たとえば税金と福祉の問題,といったことを捉える必要がある。

ゼロ年代前半の「Web 2.0」で期待されたのは多様な Web サービスの間で個人が緩やかに連携しボトムアップで「ネット社会」を構成することだった筈だ。 しかしそれは「ソーシャルネットワーク・サービス」の登場でぶち壊された。 ユーザは人間関係を「人質」にプラットフォームに囲い込まれ縛り付けられる。 更に2010年代の「アラブの春」がこれを強化した。 日本ではこれに 3.11 を加えてもいいかも知れない。 ネットはプラットフォーム間の覇権ゲームの会場となりユーザを過剰に飲み込み嘔吐する。 そこに個人は存在せず,ユーザは統計上の「数値」でしかない。 この辺が「デジタル封建主義」などと呼ばれる所以だろう。

これを打ち破りたいならプロトコルから変えるべきだ! という発想になるのは自然なことかもしれない。

先週末は日本で2日間(東京と大阪)に渡り Bluesky Meetup が開催された。 個人的には関心が薄かったので見てもないのだが yomoyomo さんがこれに絡む記事を WirelessWire News のブログにタイムリーに公開されていて,流石と思ってしまった。

この中で紹介されている以下の記事は読んでおくべきだろう。

今のところ Bluesky には Bluesky というサービスと,それを駆動する AT (Authenticated Transfer) Protocol という2本の柱がある。 おそらく Bluesky 自身は AT プロトコルを実装する実験的な側面を持っていて,本命は AT プロトコルの標準化とそれを使った「Bluesky ではない」サービス群の台頭ではないかと思う。

上で紹介した一連の記事を読んで思い出したのが『インテンション・エコノミー』だ。 この本についても yomoyomo さんの書評がある。 一部引用しておこう。

 インテンション・エコノミーとは買い手が価値の源泉となる真の意味でオープンな市場であり、VRM(企業関係管理)が CRM(顧客関係管理)にとってかわり、顧客は企業に囲い込まれることなく、つまり消費者として集合的に扱われるのでなく企業との関係はパーソナルなものになる。

 つまり、顧客の側が自分に関するデータの主導権に握り、自らの意思に従い企業との関係を決められる。それには顧客側に立ちそのニーズの代理人として機能する「フォース・パーティ」の存在が必要になるし、顧客と企業の間には対話的でオープンな API が提供されることで市場のオープンさが担保される。

これを読んだ当時は「企業と個人」の関係で考えていたが,これは「社会と個人」の関係で考えることもできる。 もしかしたらこれから求められるのは SRM (社会関係管理) みたいな仕組みかもしれない,などと妄想してみた。 もし AT プロトコルによって SRM が構成できるなら面白いのに(笑)

既に ActivityPub は W3C によって標準化され Mastodon のみならず PeerTube や Pixelfed といった多様なサービスを生み出しつつある(なくなってるぽいものもあるが)。 日本でならこれに Misskey を加えてもいいかも知れない。 Threads は Mastodon ベースだそうだが,もはや Mastodon とは別物だろう。 こういうことが AT プロトコル周りでも起こるようになれば,もう少し真面目に取り組んでもいいかなぁ,とは思っている。

まぁ,でも,標準化されたらされたで,またぞろ覇権ゲームが勃発しそうな気がするけどね。 そしてその勝者はやがて腐っていく。 これも自然の理か?

プラットフォームはこのように滅びていく。まず、ユーザにとって良き存在になる。次に、ビジネス顧客にとって良き存在になるために、ユーザを虐げる。最後に、ビジネス顧客を虐げて、すべての価値を自分たちに向ける。そうして死んでいく。

それならば,持てる荷物は最小限に,いつでもプラットフォームから離脱できるよう備えるのがネットでの賢い過ごし方なのかも知れない。

ブックマーク

参考

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インテンション・エコノミー~顧客が支配する経済
Doc Searls (著), 栗原潔 (翻訳)
翔泳社 2013-03-14 (Release 2013-06-20)
Kindle版
B00DIM6BE6 (ASIN)
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時代はソーシャル CRM から VRM へ。俺達がインターネットだ! 感想文はこちら

reviewed by Spiegel on 2015-04-26 (powered by PA-APIv5)

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ソーシャル・ネットワーク (字幕版)
ジェシー・アイゼンバーグ (出演), アンドリュー・ガーフィールド (出演), ジャスティン・ティンバーレイク (出演), アーミー・ハマー (出演), マックス・ミンゲラ (出演), David Fincher (監督), Scott Rudin (プロデュース), Dana Brunetti (プロデュース), Michael De Luca (プロデュース), Cean Chaffin (プロデュース)
(Release 2013-11-26)
Prime Video
B00FW5SSCK (ASIN)
評価     

この映画が公開された当時(2011年)は日本でも Facebook が一般(特に年配層)に浸透し始めていたときで,スクリーン上の狂騒に苦笑したものだが,その Facebook が広告まみれの駄システムに堕ちてしまうとは誰も思わなかっただろうな(笑)

reviewed by Spiegel on 2019-04-14 (powered by PA-APIv5)

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もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来
yomoyomo (著)
達人出版会 2017-12-25 (Release 2019-03-02)
デジタル書籍
infoshare2 (tatsu-zine.com)
評価     

WirelessWire News 連載の書籍化。感想はこちら。祝 Kindle 化

reviewed by Spiegel on 2018-12-31

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排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異
ジョック ヤング (著), Young,Jock (原著), 秀男, 青木 (翻訳), 泰郎, 伊藤 (翻訳), 政彦, 岸 (翻訳), 真保呂, 村澤 (翻訳)
洛北出版 2007-03-01
単行本
4903127044 (ASIN), 9784903127040 (EAN), 4903127044 (ISBN)
評価     

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reviewed by Spiegel on 2015-10-31 (powered by PA-APIv5)