ガヴァネスとしての VTuber 〜開けた扉をくぐらないこともある〜

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(注意: このブログでは VTuber の名称は括弧書きにして敬称を略している。あしからず。我ながら VTuber の認知の仕方で迷走中なのよ)

最近 YouTube で面白い配信を見かけたのでメモしておく。

ゾンビ先生」の内臓こと岡本健さんによる「メディア文化学 (特殊講義): VTuber文化から考える情報社会」の講義について語ったもの。 講義の目標として以下を挙げているそうだ。

  • VTuberを例に、メディア文化を構成する要素がいかに多様で、そしてそれらがいかに複雑に関わり合っているかを理解すること。
  • VTuberを例に、メディア・コンテンツにかかわる「人間」の想いや考え、行動がメディア文化を創り上げていくことを理解すること。

特に最後の2つ,「ゾンビ先生」と「北白川かかぽ」の配信は必見だと思う。 あと「儒烏風亭らでん」のチャネルではメンバーシップ限定で講義内容を一部再現されているので,興味のある方は是非メンバー登録を。 貴方も今日から超でん同士(笑)

岡本健さんと言えば『VTuber学』のメイン編者で,第5章の執筆者でもある。 京大は,今回の特殊講義のために(?)彼を「客員准教授」として招聘したらしい。

京大ってホンマ面白いことするよなぁ。

実はこれよりさらに前に「星見まどか」のチャネルで

という配信があって,これも興味深く見た。

ゾンビ先生」や「北白川かかぽ」や「星見まどか」はがっつり研究者で文句無しの「学術 VTuber」と言えるだろう。 特に「星見まどか」は,その名義で野辺山の特別客員研究員に就任されたそうで,凄い世の中になったんだなぁと思ったりする。 一方で(と言ったら語弊があるかも知れないが)「儒烏風亭らでん」は「栞葉るり」とのコラボ配信で「学術 VTuber と名乗ったことはない」とおっしゃっているのが印象的だった。

以前も書いたが,基本的に私は YouTube 等の動画コンテンツ(ライブ配信を含む)については懐疑的である。 私の場合は理工分野の動画コンテンツを見ることが多いが,大抵「それ PDF でくれ!」って感想になることが多い。 動画や音声(Podcast 等)コンテンツは10分間の内容を視聴するのに10分かかる。 倍速でも5分だ。 しかもそれで理解できるとは限らず,ちゃんと復習しないといけない。 理解の深度やペースは人によって異なるし,実際に見てみたら “not for me” だったなんてなこともある。

だからといって「Vim」みたいにエンターテインメント全振りでは「面白い」だけで終わってしまう。 欲しいのは interesting と amusing の両方だ。

北白川かかぽ」が配信の枕詞でよくおしゃっているのが「学びの扉を一緒に開こう」である。 この台詞で連想するのがガヴァネス(gavaness)という職業だ。 現代日本にガヴァネスという職業はないと思うが,大昔の貴族とかでは本格的な教育が始まるまでの子供(主に女児)相手の教育を担当する女性家庭教師がいたらしい。 これがガヴァネス。 ちなみに本格的な教育の家庭教師はチューター1(tutor)と言うそうな。

新谷かおるさんの漫画作品『クリスティ・ハイテンション』はシャーロック・ホームズの姪のクリスティが活躍する話だが,彼女のガヴァネスとして「ソア橋(トール橋)」で冤罪を被ったグレイス・ダンパー女史が就く。 作品中のグレイス・ダンパー女史の教師っぷりが面白くて,すっかりファンになってしまった(笑)

私が…右も左も解らない疑問に悲鳴を上げそうになっていると
先生は
このドアを調べるといいですよ…って
スっと開けてくれるんです。

キーワードは「扉(ドア)」。 このキーワードによって,脳内で VTuber とガヴァネスが結合してしまったのだ。

実際,エンターテインメントと「やりたいこと」を両立させようとすると,どうしても「やりたいこと」が浅くなってしまうように見える。 YouTube のような不特定多数相手の配信では全方位に気を配らないといけないし,学術的な話であればなおさらだろう。 「星見まどか」と「北白川かかぽ」と村上豪さんとのコラボ配信でも「儒烏風亭らでん」と「栞葉るり」とのコラボ配信でもその辺のバランスで悩んでいる発言があった。 となると「扉を開ける」 VTuber の役割はチューターよりはガヴァネスのほうが近いんじゃないかと思ったり。

以前も書いたが,私は VTuber のオーディエンスとしては完全に late majority だという自覚がある。 VTuber の歴史に必ず登場する「キズナアイ」とか(名前しか)知らんもん。 というか私の中ではボカロの初期ブーム以降からぶっつり途切れてるんだよね。 その後の「メタバース」とか「バーチャルリアリティ」とかガン無視だったもん。

いやメタバース山師が多くてさ,当時。 メタバース → FinTech → 生成 AI と,ホンマ山師ってどこにでも湧くよな(笑)

世の中的には,おそらく VTuber 界隈は(主要2社が上場を果たした)2022年〜2023年あたりが転換点じゃないかと思う。 私が VTuber を VTuber として認識するようになったのも2023年あたりで,楽屋芸じゃなくちゃんとエンターテインメントとして成立していることに感動した。 この辺は最古参のオーディエンスとは感覚が違うのだろう。

多様な YouTuber/VTuber が登場して私にも,エンターテインメントだけじゃない,多様な「扉」が見えるようになってきた。 それは “sense of wonder” と言い換えてもいいだろうか。 せっかく VTuber に興味が出てきたんだから,そういったものも含めて色々見ていきたいと思う。

まぁ,開けた扉をくぐらずに閉めることもあるかも知れないけど(笑)

ブックマーク

参考

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VTuber学
岡本 健 (その他), 山野 弘樹 (その他), 吉川 慧 (その他)
岩波書店 2024-08-28 (Release 2024-08-28)
Kindle版
B0DBZ3QP7J (ASIN)
評価     

VTuber を歴史的観点,理論的観点から記述していく試み。多様な論者が登場してなかなか面白い。Kindle 版も横書きで読みやすい。

reviewed by Spiegel on 2024-09-16 (powered by PA-APIv5)

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VTuberの哲学
山野 弘樹 (著)
春秋社 2024-03-20 (Release 2024-04-20)
Kindle版
B0D1V1WXRH (ASIN)
評価     

VTuber を哲学的視点から記述していく試み。固定レイアウトなのでブラウザの Kindle Cloud Reader で読めるの助かる。

reviewed by Spiegel on 2024-09-15 (powered by PA-APIv5)

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クリスティ・ハイテンション2 (マンガの金字塔)
新谷 かおる (著)
グループ・ゼロ 2022-07-01 (Release 2022-07-01)
Kindle版
B0B5CJ8N6Q (ASIN)
評価     

シャーロック・ホームズの姪っ子が大活躍! というお話。推理物として読むとアレだが,かなり面白かった。21世紀に入ってからの新谷かおるさんの作品では一番好きかも。

reviewed by Spiegel on 2024-05-25 (powered by PA-APIv5)

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シャーロック・ホームズ全集 全9巻合本版
アーサー・コナン・ドイル (著), 小林司 (翻訳), 東山あかね (翻訳), O・D・エドワーズ (その他), C・ローデン (その他), R・L・グリーン (その他), W・W・ロブスン (その他), 高田寛 (その他)
河出書房新社 2016-11-25 (Release 2016-11-25)
Kindle版
B01N66JQDT (ASIN)
評価     

オックスフォード注釈付きのアレである。広島から撤退した際に紙の本は泣く泣く処分したが Kindle 版で合本版が出てたのか。ついカッとなってポチった。反省はしない。

reviewed by Spiegel on 2022-02-27 (powered by PA-APIv5)

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ソーシャルメディア・スタディーズ
松井広志 (著), 岡本健 (著), 松井広志 (編集), 岡本健 (編集)
北樹出版 2021-05-20
単行本
4779306612 (ASIN), 9784779306617 (EAN), 4779306612 (ISBN)

あとで読む。 Kindle で出ないかなぁ...

reviewed by Spiegel on 2024-06-22 (powered by PA-APIv5)


  1. 今どきの言い回しならメンター(mentor)のほうが分かりやすいだろうか。今回はガヴァネスの対義語としてチューターとしてみた。 ↩︎