太陽暦採用の日と明治の改暦
立冬も過ぎ,節月区切りでは冬に突入した今日この頃。 みなさま如何お過ごしでしょうか。
今回は Mastodon の TL で見かけた以下のポストを記事の起点にしよう。
ん? 今日(11月9日)って「太陽暦採用の日」なのか。 なんでこんな中途半端な日に?
調べてみると,当時の明治五年(西暦1872年)十一月九日に太陽暦採用が布告されたらしい。 この「明治の改暦」に絡む様子が国立天文台のページで紹介されている。
この後,十二月二日の翌日を太陽暦の明治6年1月1日とし,新暦に切り換わった。 この間,わずか20日ほどしかなく,混乱を極めたらしい。 そもそも翌年(明治六年)のカレンダーは既に出来上がっていたのに,それが全て無駄になったのだ。 そりゃあ大変だったろう。
この突然の改暦の理由についても上述のリンク先で紹介されている。
- それでもなお改暦を断行した理由は財政の問題にあると大隈伯昔日譚に記されています (国立国会図書館)。
- 明治四年に政府は月給制を採用しており (国立国会図書館)、このままではうるう月のある明治六年には1か月多く給料を払う必要がありました。
- しかし、太陽暦を採用すればうるう月がなくなり、その分の給料は不要となります。
- おまけに、布告第374号において2日間だけの12月も支払わないこととし、合計2か月分の給料を節約したのです (国立国会図書館)。
明治維新と太陽暦より
鬼畜じゃねぇ(笑)
現在なら「不可避の時代の流れ」と言えるだろうが,基本的に「維新(=易姓革命)」なんて高コストで碌でもないし,それを美化する政治家も碌でもないと分かるエピソードのひとつだろう。
1873年の暦象についても国立天文台に解説ページがあるので,ここから太陰太陽暦の決定に必要な朔(新月)と二十四節気(の中気)の情報を拾ってみる。
| 朔 | 中気 | 暦月 |
|---|---|---|
| 1873年1月29日 | 雨水 1873年2月18日 | 一月 |
| 1873年2月27日 | 春分 (二月中気) 1873年3月20日 | 二月 |
| 1873年3月28日 | 穀雨 1873年4月20日 | 三月 |
| 1873年4月27日 | 小満 1873年5月21日 | 四月 |
| 1873年5月26日 | 夏至 (五月中気) 1873年6月21日 | 五月 |
| 1873年6月25日 | 大暑 1873年7月23日 | 六月 |
| 1873年7月24日 | 閏六月 | |
| 1873年8月23日 | 処暑 1873年8月23日 | 七月 |
| 1873年9月22日 | 秋分 (八月中気) 1873年9月23日 | 八月 |
| 1873年10月21日 | 霜降 1873年10月23日 | 九月 |
| 1873年11月20日 | 小雪 1873年11月22日 | 十月 |
| 1873年12月20日 | 冬至 (十一月中気) 1873年12月22日 | 十一月 |
というわけで,太陰太陽暦のまま明治六年を迎えていたら閏六月が入って13ヶ月分の給料を払うことになっていたわけだ。 そういや中国は今も太陰太陽暦なのだが,今年は13ヶ月分の給料を貰っているのだろうか?
なお閏年のルールについては,さらに遅れること明治31年(1898年)の勅令第90号にて「神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス」と定められ,これがそのまま令和の現在も続いている。 まぁ,翌々年の明治33年(1900年)はグレゴリオ暦では平年なので,これに合わせる必要があったのだろう。 ホンマに間抜けな話である。
勅令の文言を見れば分かると思うが,日本の現行暦は,厳密にはグレゴリオ暦ではない。 暦の起点が「神武天皇即位紀元年」になっているからだ。 とはいえ互換暦ではあるので,日常生活には1ミリも支障はない。
「明治の改暦」の動機が(維新を掲げる)政府の財政事情にあったにせよ,これが天皇制および明治政府の権威を示す「正朔を奉ず」儀式として機能したことは間違いない。 この辺が「明治維新」を近代化の象徴として単純に礼賛できない理由なんだよなぁ。
余談だが「明治の改暦」にちなんで12月3日は「カレンダーの日」とされているのだが,これを定めたのはカレンダーの業界団体らしい。
実施からわずか20日前に布告され,弘暦者(頒暦者あるいは暦問屋)を含む世間を混乱のるつぼに陥れた「明治の改暦」を象徴する「12月3日」をカレンダー業界が「カレンダーの日」と定めたというのは,めっさ皮肉が効いてると思うのは私だけだろうか。
ブックマーク
- 「暦」日本史 (再掲載)
- 『猫暦』を読んだ
- 冬至に関する与太話
- 「新暦七夕」なるものは存在しない
- 立春も動き出す
- お彼岸
- 第五の季節:土用
- 春夏秋冬は「四季」ではない?
- 地球が遠日点を通過する話
- 旧暦の閏月と旧暦2033年問題
参考図書
- 天文年鑑 2025年版
- 天文年鑑編集委員会 (編集)
- 誠文堂新光社 2024-12-05 (Release 2024-12-05)
- 単行本
- 4416723660 (ASIN), 9784416723661 (EAN), 4416723660 (ISBN)
- 評価
天文ファン必携。2025年版。これが届くと年末って感じ。
- 天体物理学
- Arnab Rai Choudhuri (著), 森 正樹 (翻訳)
- 森北出版 2019-05-28
- 単行本
- 4627275110 (ASIN), 9784627275119 (EAN), 4627275110 (ISBN)
- 評価
興味本位で買うにはちょっとビビる値段なので図書館で借りて読んでいたが,やっぱり手元に置いておきたいのでエイヤで買った。まえがきによると,この手のタイプの教科書はあまりないらしい。内容は非常に堅実で分かりやすい。理系の学部生レベルなら問題なく読めるかな。


