Einstein@Home とパルサー
(「星が好きな人のための新着情報」より)
Astronomy Picture of the Day (APOD) で面白い写真が公開されていた。

超新星爆発の残骸である CTB 1 から秒速千キロメートルで遠ざかっていくパルサー。 CTB 1 からはじき出されたと考えられるが詳しいプロセス等はまだ分かっていないようだ。
キャプションには
About 10,000 years ago, the supernova that created the nebular remnant CTB 1 not only destroyed a massive star but blasted its newly formed neutron star core – a pulsar – out into the Milky Way Galaxy. The pulsar, spinning 8.7 times a second, was discovered using downloadable software Einstein@Home searching through data taken by NASA’s orbiting Fermi Gamma-Ray Observatory.
と書かれていて,どうやら Einstein@Home の成果を含んでいるらしい。 うんうん。
Einstein@Home は学術系分散コンピューティング基盤である BOINC (Berkeley Open Infrastructure for Network Computing) 上で現在も運用されている科学プロジェクトである。
Einstein@Home プロジェクトの開始は2005年。 この年は「国際物理年」で様々なイベントが開催されたが,そのうちのひとつが Einstein@Home というわけだ。 一過性のお祭りに終わらず14年も運用が続いている(そして成果が出ている)というのは素晴らしいことである1。
なんで2005年が国際物理年だったかというと,2005年のちょうど100年前,1905年がアインシュタインによって3つの論文が公開された「奇跡の年」だったからだ。 その論文が
- 光電効果の理論
- 特殊相対性理論(当時は「相対性原理」と呼ばれていた)
- ブラウン運動の理論
である。 Einstein@Home では一般相対性理論が予言した「重力波」の直接検出を目指している。
1974年に連星パルサーの公転周期の軌道が短くなっていく現象が観測され,これが重力波の存在を示す間接的な証拠となっています。(連星パルサーは重力波を放出することによりエネルギーを失い公転周期が短くなるとかなんとか。で,実際に重力波があるとして計算した周期減少率が実際の観測と誤差の範囲内で一致したとかなんとか。ちなみにこの研究を行ったグループは1993年にノーベル物理学賞を受賞しています)
Einstein@Home では LIGO などの重力波干渉計でパルサーを観測します。 パルサーとは高速回転する中性子星のことで周期的(数ミリ秒から数秒)に電磁波(電波や可視光線あるいはX線など)を放射します。 もし完全に軸対称形でないパルサーがあればそれは重力波を放出するはずです。 ただし,もし重力波が放出されているとしてもそれは非常に微弱なものであろうと予測されています。 ノイズに埋もれた小さな重力波シグナルを検出するのには膨大な計算が必要です。 そこで「膨大な計算」の部分を私たちのコンピュータの空き時間を使って分担して行おうというわけです。 重力波干渉計はアメリカの LIGO (LIGO Hanford Observatory (LHO)および LIGO Livingston Observatory (LLO)の2箇所あります)以外にもドイツの GEO600 のデータも使われるようです。
(ちなみに日本にも重力波干渉計がいくつかあるが,それらがプロジェクトに参加するという話は今だに聞いたことがない)
重力波を検出するには観測対象となり得るパルサーを数多く捜索することが必要で, Einstein@Home ではそうした捜索も分散コンピューティングで行っている。 今回の「撃ち出されるパルサー」も Einstein@Home によるパルサー捜索の成果というわけだ。
BOINC はプロジェクトを構築するためのサーバ側のキットと参加ユーザに配布されるクライアント・ツールで構成されている。 クライアント・ツールはマルチプラットフォームに対応していて Ubuntu の場合は APT でインストールできる。
$ sudo apt install boinc-client boinc-manager

クライアント・ツールでは参加プロジェクトの設定や計算機への負荷の調整等もできる。 ラズパイで専用機を組むのも面白いかもしれない。 無理のないところで参加していただければ幸いである。
ブックマーク
- BOINC による学術分散コンピューティング・プロジェクトでの活動を再開した
- 週末スペシャル: LIGO が重力波の「直接検出」に成功する!
- Einstein@Home のすすめ – Club-HUAA : BOINC クライアントの使い方など一部内容が古くなっているのでご注意を
参考図書
- SETI@homeファンブック―おうちのパソコンで宇宙人探し
- 野尻 抱介 (著)
- ローカス 2000-01-01
- 単行本
- 4898140866 (ASIN), 9784898140864 (EAN), 4898140866 (ISBN)
- 評価
内容は古いけど当時の「熱」を伝えた名著だと思うけどなぁ。著者の方が自己出版で Kindle で出してくれたらいいのに。