徒然ブログ

no extension

例によって yomoyomo さんの記事を起点にポエムを書いてみる。

いつの頃からか “weblog” でも “blog” でも “weblo” でもなくカタカナの「ブログ」と書くようになってしまった。 今となっては「ブログ」が何を指すのか難しいところだよね。 たとえば Twitter は microblog に分類されるらしいけど,あれを「ブログ」だと思う人は少ないんじゃないだろうか。

4年前に書いた「「さよならはてなダイアリー」 ― 黒 Web 2.0 の終焉」でもちょろんと触れたが, “weblog” が輸入された当時はこれを新しいトレンドと見なすか昔からある日記サイトやテキストサイトの再発明に過ぎないと見なすかで喧々諤々だったように思う。 そうした流れの中で「日本人にはBlogより日記」などと言ってしまう IT 企業も出てくるわけだ。

面白いことに日本では,ブログが定着する前に mixi や Facebook などの SNS が台頭し「日記」を運営してた人は軒並みそっちに引っ越してしまった感がある。 そうこうするうちに今度は Twitter が登場し「タイムライン」という概念が主流になる。 Facebook も「日記」から「タイムライン」に,チャット・サービスも「ログ」から「タイムライン」にそれぞれ舵を切った。 更に同時期に日本にも iPhone が登場する。 iPhone などの携帯端末は「タイムライン」とめがっさ相性がいいよね。 多分この辺りがネットや Web の潮目が変わるトリガーになったんじゃないのかな。

思へらく,「タイムライン」の問題は「書き捨て」で「読み捨て」である点じゃないのかな。 それは新聞やテレビなどの旧来のマスメディアと同じ構造を形成してしまった。 「ネットのテレビ化」である。 あるいは「双方向マス・コミュニケーション」と言ってもいいだろう。 しかも「スノーデン以後」はネット上の個人活動やコンテンツが永続的に残されるのはリスクと見なされるようになってしまった。

私はブログの(定義はともかく)意義はネット上の活動が永続的に「記録」され,自由かつ容易に参照され得ることにあると思っている。 「書き捨て」かつ「読み捨て」で「健忘症」な今のネットの風潮はブログとは相容れないわけだ。

ブログは徒然なるままに書くから楽しいのであって,何かと忙しない状況では脊髄反射の書き捨てになるのも止むなしなのだろう。

更に言うと「タイムライン」はメディア間で情報が過度に増幅される傾向がある。 私はこれを「情報ハウリング」と呼んでいる。 昔は如何にして情報の S/N 比を上げるかが課題だったが,今はむしろハウった情報を如何にカットオフするかが課題なのかもしれない。

参考図書

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もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来
yomoyomo (著)
達人出版会 2017-12-25 (Release 2019-03-02)
デジタル書籍
infoshare2 (tatsu-zine.com)
評価     

WirelessWire News 連載の書籍化。感想はこちら。祝 Kindle 化

reviewed by Spiegel on 2018-12-31

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つながりっぱなしの日常を生きる:ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの
ダナ・ボイド (著), 野中 モモ (翻訳)
草思社 2014-10-09 (Release 2015-07-21)
Kindle版
B0125TZSZ0 (ASIN)
評価     

読むのに1年半以上かかってしまった。ネット,特に SNS 上で自身のアイデンティティやプライバシーを保つにはどうすればいいか。豊富な事例を交えて考察する。

reviewed by Spiegel on 2016-05-10 (powered by PA-APIv5)